悟郎は中古車販売店を訪れた。運転免許を取得したので車を買おうと思い立ったのだ。寄って来た店員に声をかけた。
「車が欲しいんだけど」
「はい。これなんかどうでしょう」
店員が勧めてきたのは随分と小さめな車だった。
「燃費がいいですよ」
「リッターどれくらい?」
「ガソリンは使いません」
「え? 電気自動車?」
「いえいえ、電気も使いません」
「じゃあ、原子力」
「いえいえ。自力です」
「自力?」
「漕いでもらいます」
店員は車に乗り込んで実演してみせた。アクセルとブレーキの代わりのペダルを踏むと車がゆっくりと動き出した。が、悟郎は不満に思う。
「子供のおもちゃじゃないんだからさ。ちゃんとしたの見せてよ」
「これ、いいんですけどね、クリーンだし」うっすらと汗を流しながら店員が言う。
「長距離無理だろ、これ」
「これはおススメですよ」
「これ? へえー、中々いいじゃない」
「乗ってみますか?」
悟郎は乗り込んだ。が、助手席に奇妙なものを見つける。
「何で助手席にもハンドルがあるの?」
「ああ、これは二人で運転出来るんですよ」
「二人で運転って、自衛隊の教習車か。助手席の人間は運転しなくたっていいじゃない」
「助手席の人も、ただ座ってるだけでは退屈だろうから…」
「いいんだよ。ただ座ってるだけで。左と右に別々にハンドル切ったらどうなるんだよ」
「後部席にもついてるタイプもありますよ」
「いいよ。ハンドルは一つで。他の車見せてよ」
「これはどうでしょう」
「ああ、今度はまともじゃないの」
「乗ってみますか?」
「うん。…あれ、このハンドルの真ん中の大きなボタンは何?」
「あ、それは押さないで下さい」
「何で?」
「それは脱出ボタンです」
「脱出?」
「映画とかでよくあるじゃないですか。押すとボーンと天井が開いて席ごと飛び出すんです」
「え、何でそんなのついてんの。間違って押しちゃうかもしれないじゃない。怖いよ。いらないよ」
「万が一を考えてです。使うかもしれませんよ」
「使うって、どういう時使うんだよ」
「例えば、信号待ちの時とか」
「赤信号で止まってる時使ってどうすんだよ。青になっても進めないだろ」
「渋滞の時とか」
「使ってどうすんだよ」
「渋滞から脱出出来ますよ」
「脱出してどうすんだよ。その後困るだろ」
「他の車見せてよ。他の車」
「これはどうです」
「お、いいね、これ。気に入ったよ。これにする」
「ありがとうございます。えーと、お包みしますか」
「…包んでみろよ」(了)
仙台出身のサンドウィッチマン。面白いですよね〜。応援しています。
リンク
〈1000文字小説・目次〉