征也は金属製の鳥かごの入り口を開けた。セキセイインコのぴーちゃんはすぐに鳥かごから出てきて、征也の肩に乗った。茶の間に行くと征也の肩から羽ばたいて茶だんすの上へと移った。
ぴーちゃんを茶の間においてきた征也は、からっぽになった鳥かごの下側をはずし、敷いていたフンで汚れた新聞紙を捨て、玄関の横にある水道を使って洗った。二本の止まり木も洗った。ムキエサを補充し水を替えた。学校帰りにとってきたハコベを束ねてカゴにくくりつけた。
茶の間に戻った征也は、ガラス戸が開いているのに気がつき、慌ててガラス戸を閉めた。茶だんすの上やらテレビの上やらテーブルの上やらを探すがぴーちゃんの姿はどこにも見えない。自由への隙間を見つけて飛び出していったのに違いなかった。
狭い庭を見渡した。屋根の上や電線を見上げた。ぴーちゃんはどこにもおらず、数羽の雀が平和な声でさえずっているだけだった。
名前を呼びながら近所の家々の庭を覗きこんだ。電線や屋根の上を見上げ、街路樹を一本一本見て回った。どこにもぴーちゃんの姿はなかった。
征也は文字通り肩を落として歩き回っていた。車一台がやっと通れるほどの道を歩いていると、その肩に何かがとまった。驚いて両肩が跳ね上がった。それでもその何かは征也の肩にしがみついていた。黄緑色をしたセキセイインコだった。
征也が手を出すと指の上にちょこんと乗っかった。人によく馴れていた。征也はちちちちちと小鳥のさえずりを真似ながら、そっとかごの入り口へインコを持っていった。ぴーちゃんの代わりに自分を飼ってくれとでも言うように、素直に鳥かごの中に入った。
「お前、変わってるなあ」
征也はぴーちゃんの事をしばし忘れ、鳥かごの中に入って夢中で餌をついばんでいるインコを眺めていた。
ふと人の来る気配を感じ征也が顔を上げると、向こうから女の子が歩いて来るのが見えた。征也と同い年ぐらいの三つ編みの女の子だった。手には征也と同じように鳥かごを下げている。
あの子も逃げた小鳥を探しているのだろうか。
征也の視線がその女の子の持っている鳥かごに吸い込まれた。かごの中には一羽のインコがいた。暗くなってきてても、その姿ははっきり見えた。
「ぴーちゃん」
征也は勢い込んで言った。鳥かごの中にいるのは、逃げてしまったぴーちゃんではないか。
すると女の子も、征也の下げていた鳥かごの中を見て、「ピー子」と叫んでいた。(了)
ノーベル賞の発表が始まりました。
文学賞は10日の発表です。
さあ、村上春樹氏は受賞するのでしょうか。
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