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2014/01/02

【1000文字小説】彼女はこれから



健次は里香の部屋のチャイムを鳴らした。部屋の中からは何の反応もない。人の気配がしなかった。健次はドアノブに手をやった。左右に回し引いてみるが鍵がかかっていて開かない。

里香には午前中に電話していたので、健次が来る事は知っているはずだった。知っているのに留守にしていたのは初めての事だ。買い物にでも行っているのだろうか。

日中は晴れていて心地よい陽気だったが、午後六時を過ぎて寒くなってきたアパートのドア前で健次は佇んだ。ポケットからスマートフォンを取り出すと里香へ電話をかけた。

呼び出し音が鳴る。二回、三回……、八回、九回……、出ないまま留守番電話に切り替わった。

「あ、健次だけど、今どこ? 連絡ちょうだい」と言って電話を切った。

俺が来る事はわかっているはずだから、そのうち帰って来るだろう。ちょっと驚いたような大きな瞳を申し訳なさそうに細めて「ごめんなさい、待った? ちょっと買い物してたら高校の時の友達に会って遅れちゃった」とか言って。

健次は路上に止めていた愛車のプリウスに乗り込んだ。里香はすぐに来るだろうが、部屋の前で立っているのも寒いので、車の中で待つ事にしたのだ。

車内でスマートフォンの画面を眺めているうちに、いつの間にか眠ってしまった。目を覚ますと七時を過ぎていた。一時間も眠っていた。健次は車から降りると大きな伸びをした。

二階の里香の部屋を見上げると、まだ電気がついていない。里香は帰ってきてないのだろうか。部屋の前に行ってまたチャイムを鳴らす。何の反応もない。やはりいないのだろうか。

スマートフォンに着信はない。こちらからまたかけてみる。出ない。

事故にでもあったのだろうか。連絡のとれない状況。午前中に電話した時の里香は今日はどこに行くとも言ってなかった。何か急用だろうか。それだったら連絡くらいよこしてもよさそうだ。誘拐でもされたのか。不安になる。

健次はまた車に戻った。だが、車内には入らずに、ワイパーに挟まれた紙を見つめた。何だろう、さっきはなかった。俺が眠っている間に、誰かが挟めた?

健次は紙を手に取った。

「さようなら、探さないで下さい」

それだけが書かれていた。里香の字だった。里香はアパートに帰って来て、車の中にいた健次に気がついてメモを残したのか。

どういうことだ?
探さないで下さいだって?
ここからいなくなるという事か?
アパートにはもう戻らないのか?
????連なるクエスチョン。

(了)

新年あけましておめでとうございます。今年も1000文字小説専門『1000文字ブログ』をよろしくお願いいたします。