【1000文字小説】また雪が積もった朝に
ニ月上旬、朝靄が立ちこめる前に、莉子はアパートのドアを開けた。吐き出す息が白く、一瞬で消えていく。夜の間に降り積もった雪は、街全体を柔らかく包み込んでいた。アスファルトの冷たい質感も、車のボンネットに積もった埃も、すべてが白い粉の下に隠され無垢な世界を創り出している。
頬を刺すような冷たい空気が、吐く息の温かさと鮮やかな対比をなしていた。その冷たさが心地よく、澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込む。街は白一色の世界と化し、見慣れた景色は霞みがかって柔らかく見えた。いつも賑やかな通りも、この静けさの中ではまるで別世界のようだ。歩道に足を踏み出すとその静寂は、莉子の長靴が純粋な雪を踏みしめる鈍い音によってだけ破られた。
莉子は小学校低学年の頃、雨や雪の日に長靴を履いて登校することが、何よりの楽しみだった。いつもの履き慣れたズックではない、雨や雪の日にしか会えない、お気に入りのピカチュウが入った長靴だ。だが新雪の中に足を埋めることは、どこか心もとなさを感じていた。雪が長靴の中に染み込むのではないか、転んで雪まみれになるのではないかという不安があった。しかし何度も冬を越し、身長も足も大きくなった今履く長靴は、どんな雪道でも、どんな凍った道でも、どこへでも行けるような気がする相棒だ。
莉子はいつもの通り道である公園の前を通り過ぎるときに雪だるまを見かけた。早起きして誰かが作ったのだろう。莉子は小学校へ向かう道を急いだ。いつもの時間よりもだいぶ早く家を出たのは、まだ誰も足を踏み入れていない校庭に、一番乗りで自分の足跡をつけたいという思いがあったからだ。校門をくぐると、誰もいない校庭が目に飛び込んできた。そこには、ただ一面の真っ白なキャンバスが広がっている。誰の足跡もないが、車の轍が一台分だけあった。でもまあ、人間は一番乗りだ。
しかし、校庭の中央に小さな女の子が立っているのを見つけた。どこかぼんやりと霞んで見え、彼女の周りには、一切の足跡がついていない。まるで雪の上に浮かんでいるかのようだ。
遠くから別の子供たちの声が聞こえてきた。莉子がそちらに気を取られた隙をつくように、女の子はふっと姿を消していた。元々いなかったのだろうか。いや、そんなことはない。自分は確かに見たのだ。もしすると雪の妖精?莉子はまた雪が積もった日に、誰の足跡もついていない校庭で、再びあの子を見ることが出来るような気がした。(1000文字)