【1000文字小説】凍える朝
夜明け前の観測区は、温度がすべてを決めていた。
エレーナ・ミハイロヴナ・ソコロワは、凍結防止コートを着込んだまま、居住棟から気象制御塔までの短い距離を歩く。足元の霜は硬く、踏むたびに乾いた音を立てた。気温はマイナス27度。理論上は安全圏だが、ほんのわずかな誤差が命取りになる。
エレーナは惑星開拓局の低温環境担当技師だった。
この入植地では、朝の寒さが最も危険だ。夜間に放射冷却で失われた熱を、恒星光が取り戻すまでに数時間の空白が生じる。その間、居住ドーム外の生命維持パラメータは、常に破綻の縁にある。
制御塔に入ると、空気がわずかに柔らいだ。
彼女は手袋を外し、コンソールに指を置く。皮膚温と指先の反応速度が即座にログに反映される。人間は不確定要素だが、排除はできない。もし計算を誤れば、誰かの手足が氷のように凍る。
「冷却過剰、予測値より0.3ケルビン低い」
独り言は、記録されない。だが声に出すたび、心拍がわずかに上がる。
エレーナは気流制御と地表放射率を微調整する。0.3ケルビンの差が、外部作業員の凍傷リスクを半減させる。
指先が微かに震えた。成功しても、失敗しても、緊張は消えない。寒さは数値化され、操作の対象となるが、身体はまだ冷えの実感を拒まない。
窓の外で、太陽が低く昇り始める。
光はあるが、まだ熱は届かない。金属構造物が軋み、氷晶が空中で微かにきらめく。朝の静寂が、エレーナの胸の鼓動をより強く響かせる。
彼女は再生水で淹れたコーヒーを口に運び、わずかな暖かさで指先を解凍する。
人間の身体は非効率だ。それでも、この環境で生き延びるための最も柔軟なシステムであることに変わりはない。
凍える朝は、今日も無事に通過した。
だが、次の誤差が現れた瞬間、すべてが再び危うくなる。
指先の冷たさに、彼女は心の奥で小さく震えた。