【1000文字小説】聖夜の余白
窓の外は、凍てつくような冬の夜。家々の窓から漏れる暖かな光が、ぽつりぽつりと闇に浮かんでいる。今日は十二月二十四日、クリスマス・イブだというのに、我が家はしんと静まり返っている。
時計の針は八時を回ったところ。夕食はとうに終え、食器も片付けた。夫は会社の忘年会で帰りが遅くなる。息子は春から就職して一人暮らしを始め、今日は仕事の後、会社の同僚達と過ごすのだろう。娘は大学の友人達とクリスマスパーティらしい。皆、それぞれの場所で、それぞれの「聖夜」を謳歌しているようだ。
一人、リビングのソファに腰を下ろし、壁にかかった小さなクリスマスリースを見つめる。きらびやかなイルミネーションもない、慎ましやかなものだ。この家でクリスマスを一人で過ごすのは、果たして何年ぶりのことだろう。息子が生まれる前、夫と二人で過ごしたあの頃以来かもしれない。
あの頃は、二人でレストランを予約したり、家でささやかなディナーを用意したりしたものだ。息子や娘が生まれてからは、ツリーを飾り付け、サンタクロースからのプレゼントに目を輝かせる子供達の笑顔が、何よりのクリスマスプレゼントだった。家族四人の笑い声が絶えなかった食卓も、今では夫婦二人分になり、今日は私一人。
寂しいと言えば寂しいのかもしれない。でも、不思議と悲壮感はない。むしろ、長年の主婦業で常に誰かのために気を張ってきた心が、この静寂の中でゆっくりと解けていくのを感じる。これもまた、人生の移ろいというものだろう。まるで独身時代にでも帰ったような、自由で清々しい気持ちがあった。子供達は巣立ち、夫は仕事に忙しい。それぞれの人生を懸命に生きている証拠だ。
ふと、キッチンから微かな甘い香りが漂ってきた。今日の昼間、時間を持て余して焼いたクッキーだ。冷めたクッキーを数枚皿に載せ、熱い紅茶を淹れる。ソファに戻り、クッキーを一口かじる。素朴で優しい甘さが口いっぱいに広がる。
この静かな時間も悪くない。子供達の成長を喜び、夫の健康を願い、そして何より、自分自身の心と向き合うための、かけがえのない余白なのかもしれない。
窓の外を、白いものが舞い始めた。積もるかもしれない。紅茶で温まった体と心で、私は静かに更けていく聖夜を見送った。明日は夫も早く帰ってくるだろう。年末に向けて、また忙しい日々が始まる。それまでの、ほんの少しの休息。この穏やかな孤独を、私は愛おしいと思った。(文字数:996)