【1000文字小説】聖夜の演算
中川冬華は窓際にひとり立ち、外の人工雪を見つめていた。
街全体を覆うホログラフィック装置が、冬の街並みに淡く精緻な雪を降らせる。完璧に再現された雪の結晶は、AIと気象操作ユニットの精密な計算の賜物だった。街灯の光を受け、雪粒は微かに揺れ、ガラスや金属の表面で淡い反射光を撒き散らす。光の瞬きが瞳に小さく跳ね、視界に銀色の粒子を降らせた。
冬華はこのプロジェクトの主任研究者であり、ひとり暮らしの科学者でもあった。街はクリスマスの賑わいに包まれている。子どもたちの歓声は微細に分解され、冷えた空気の中で胸を振動させる。カフェの灯りから漂う焼き菓子の甘い香り、遠くで流れるクリスマスソングの電子的残響——AIはこれらすべてを計測し、精密に制御していた。
しかし、冬華には分かち合う相手はいない。
「完璧すぎると、人工的に見える」
小声で呟き、指先で操作端末を微調整する。雪粒の落下角度、反射光、風の揺らぎ、空気の冷たさや湿度感までも操作する。頬に当たる冷気はわずかに柔らかく、耳に届く雪粒の触れる音も計算されている。外から見れば、手を加えた形跡は誰にも分からない。
だがふと、冬華は操作を止めた。
数秒考えたあと、意図的に一つの区画だけ演算精度を下げた。雪の軌道はわずかに乱れ、結晶は崩れ、風は不自然に渦を巻く。雪の表面に微かに湿り気が混じり、手袋やコートに触れる感触が少しざらつく。街の誰もがそれを「失敗」とは呼ばないが、完璧な冬景色には小さな歪みが生まれた。
そのとき、通りの片隅で足を止めた少年が首を傾げる。
「今の、なんか変じゃない?」
連れの大人は笑って肩をすくめ、二人はすぐに人混みに紛れていった。少年の吐く息の白さが風に乱れ、微妙な不安定さを帯びて空気に溶けていく。
胸にわずかな高鳴りを覚えながらも、孤独感が冷気のように胸を満たす。AIは完璧な景色を作るが、人の心を温められるかはわからない。冬華の指先が雪を演出するたび、街は生き物のように微妙に変化するが、その温もりや冷たさ、触感を直接感じる者はいない。
窓の外の街で、家族や恋人と過ごす人々の笑い声が雪粒に反響する。冬華は微笑むしかなかった。自分の創り出す奇跡は、人の心を微かに揺さぶるかもしれないが、自分自身の心は動かせない。
「これが、人間とAIの協奏……か」
静かに呟く。雪は舞い、光は揺れ、空気の冷たさや湿度まで含めた人工の冬景色は美しい。
しかし、崩れた雪の一角と、それに気づいた視線が存在することを知っているのは、彼女だけだった。
冬華は深呼吸し、窓ガラスに映る自分の姿に微笑む。科学が編んだクリスマスの奇跡に、ひとりで包まれる夜。