【1000文字小説】歯痒い足踏み
株式会社白波事務機は、地方都市の駅から徒歩十分の雑居ビル三階に入っていた。業務内容は法人向けの事務機器リースと保守管理。社員は八人。多くも少なくもないが、誰かがつまずけば全体がすぐに減速する規模だった。
営業管理課の主任、三嶋和也は四十六歳。現場と事務の板挟みになりながら、会社を十年以上支えてきた。問題は部下の一人、二十七歳の佐賀直人だった。
佐賀は、驚くほど同じ間違いを繰り返した。顧客名の入力ミス、契約更新日の見落とし、チェック済みの書類に残る初歩的な誤字。三嶋は最初、丁寧に説明した。二度目は注意した。三度目には、原因を一緒に洗い出し、作業手順を細かく書き直した。
それでも変わらなかった。
「忙しすぎるんですよ、この部署」
「やり方が非効率なんです」
「そもそも引き継ぎが雑だった」
佐賀はミスを指摘されるたびに、不平を口にした。反省の言葉より先に、言い訳が出る。誰かが反論すれば、今度は黙り込む。沈黙は職場の空気を重くし、三嶋はそれを引き受ける役を無言で選び続けた。
チェック体制を強化すると、「信用されてない気がする」と言われた。任せてみると、やはりミスが出た。褒めても、叱っても、面談をしても、翌月には元に戻る。佐賀は悪人ではなかった。ただ、同じ場所で足踏みを続けていた。
ある日、重要顧客への請求金額に誤りが見つかった。修正は間に合ったが、三嶋の中で何かが切れた。彼は佐賀を呼ばず、自分で処理した。説明も、指導も、もう意味を持たないと感じたからだ。
佐賀はぼそりと言った。
「結局、俺が全部悪いんですよね」
三嶋は否定しなかった。肯定もしなかった。ただ、何も言えなかった。
小さな会社では、人を入れ替えることは簡単ではない。切るほどの決定打はなく、抱え続けるには確実に疲弊する。蛍光灯の白い光の下で、三嶋は書類を整えながら思った。これは問題ではない。状態なのだ。解決を前提にすると、こちらが壊れる。
翌日も、白波事務機の朝は同じように始まる。変わらない席、変わらない手順、そして、いずれ起きる次の間違い。その予感だけが、業務予定表より正確だった。