【1000文字小説】イータと呼ばれた女子高生
「ねえ、そこの君!」
文化祭の喧騒が遠のき、秋風が吹き始めた放課後、私はいつものように昇降口へと向かっていた。帰宅部万歳。無駄な労力と汗とは無縁の、最高のライフスタイルだ。そんな私の前に「部員絶賛募集中!」のプラカードを掲げた女子高生が現れた。
私は無視して通り過ぎようとしたが、有無を言わさぬオーラと、人間にはあり得ないスムーズな動きで進路を塞がれた。「あなた、帰宅部でしょう? あたしは氷室零。うちの部に興味ない? 今、女子はあたししかいなくてさ」
その言葉に、私は少しだけ足を止めた。女子が少ない、ということは、あの独特の女子グループのしがらみがないということか? もしかしたら、何か変わっていて面白いのかもしれない。
「どんな部活なんですか?」
「来てみればわかるわ! きっと気に入るわよ」
案内されたのは、学校の隅っこにある古びたプレハブ小屋だった。入り口の看板には「ロボット製作部(仮)」と書かれている。そんな部、あったっけ?
扉を開けた瞬間、まず鼻をついたのは、はっきりとしたカビ臭さと、錆びた金属と半田ごてが混じり合った、独特のツンとした匂いだった。足元には電子部品の切れ端やコードが散乱していて、踏み場もないほどだ。
「あの、他の部員は?」
氷室零はニコリと笑って、「いないわよ。この部活、部員が私一人なんだもの。あなたが入ってくれたら二人よ」
騙された。「女子はあたししかいなくてさ」っていう氷室零の言葉は嘘ではないが、他は誰もいないとは思わない。
「イータ、その子はどう? 入りそう?」
プレハブ小屋の奥の作業台の陰から、氷室零そっくりの子が現れた。作業着姿で、手にスパナを持っている。
「え? 双子だったの……」私と話していた氷室零は、後から出てきた氷室零の指示に従い、静かに充電を始めた。残った氷室零が聞いてきた。「どうよ、私が作ったロボットは?」
「ロボット……?」
氷室零はニヤリと笑った。私は呆然とした。今まで一緒にいた氷室零がロボットだって? どう見ても人間にしか見えなかった。「今度の日曜、地区大会なの。部員が一人だけだと出場できないのさ。一緒に来ない?」
「一人だけって、あんな精巧なロボットを作れる技術があるのなら、部員がもっといてもおかしくはないんじゃ……」
「どこかに問題があるのかしらねえ」
部員が一人、どこかに問題。私は氷室零と見つめあったまま動けなかった。(文字数:978)