【1000文字小説】甘いケーキ
「そうか、クリスマスか」
スーパーの自動ドアをくぐると、店内は、どこもかしこもクリスマス一色だった。耳障りなジングルベルのBGMが、今日はやけに心に響く。
息子と娘は、もうとうに結婚して独立している。それぞれ家庭を持ち、自分の生活で手一杯なのだろう。もう何年も、クリスマスどころか正月でさえ、全員揃うことはない。夫は、十年前に病で先立った。
子供たちがまだ小さかった頃。この時期になると、それはもう大変だった。「サンタさんに何をお願いする?」「明日は早く寝るのよ」ケーキを囲んで、目を輝かせていた幼い二人の顔。夫と二人で、あれこれと飾り付けをしたこと。あの頃の我が家は、いつも笑い声と少しの騒々しさに満ちていた。
雅子は、鮮やかにデコレーションされたケーキ売り場の前で足を止めた。周りには、小さな子供の手を引いた若い夫婦や、楽しそうに笑い合うカップルが多い。彼らの明るい笑顔が、ガラスケースの照明に反射してきらきらと眩しい。ホイップクリームとイチゴの乗った、いかにもクリスマスらしいホールケーキ。一切れだけパックされたショートケーキ。
「……買ってみるか」
衝動的に、ショートケーキを一つ、買い物かごに入れた。ケーキなんて、夫が亡くなってから一度も口にしていない。ケーキなんてものは、もう若い人たちのものだと思っていた。
会計を済ませ、重い買い物袋を提げて家路を急ぐ。袋からは、大根の白い肌と、ネギの青々とした先が少し覗いている。
家に帰り、鍵を開けて玄関に入る。途端、しんと静まり返った家の中の空気が、冬の冷たさとはまた違う、張り詰めた孤独感を運んでくる。さっきまでのスーパーの喧騒が嘘のようだ。
夕食の鍋をつつき終えてから、おもむろにケーキの箱を開けた。紅茶を丁寧に淹れ、ローソクの代わりに電気スタンドの明かりを少し落とす。
フォークを入れると、しっとりとしたスポンジと、甘すぎないクリームが口の中に広がった。
「……美味しい」
自然と笑みがこぼれる。子供の頃に戻ったような、少しだけ贅沢な気持ち。一人静かにケーキを味わうこの時間も、悪くない。
食べ終えて、ふぅ、と一息ついた時、雅子は独りごちた。
「しかし、クリスマスが年に一回で、本当によかった」
彼女は空になった皿を見つめ、少し笑う。
「何回もあったら、きっと太ってしまうわ」
窓の外では、雪が少しだけ強くなっていた。雅子の心は、少しだけ温かくなっていた。(文字数:991)