浩一はせっかくの日曜日だというのに、リビングルームでテレビのゴルフ中継を見ながらごろごろしている。それが四歳になる娘の真由には不満だった。
母の芳美は買い物へ出かけていた。真由もいつもは母と一緒に出かけるのだが、浩一と一緒にいたいので残ったのだ。
真由が遊んでとせがんでも、浩一はいい返事をしなかった。六月の柔らかな陽光が降り注いでいる中を、一緒に散歩するだけでも楽しいのにと真由は思うのだが。仕事で帰りも遅いし、疲れているようだった。
仕方なく真由は浩一の側に座って、先週買ってもらったばかりの絵本を大人しく眺めていた。
浩一は壁にかかったカレンダーに目をやり、気が付いた。
「そうか、今日は俺の誕生日か」
ふと言葉がもれた。五十歳の、さして嬉しいとは思われない誕生日だ。
真由は「パパにも誕生日があるの?」と不思議そうな顔をして尋ねた。
自分の誕生日は祝ってもらうが、父や母の誕生日を祝ったことはなかった。父も昔は子供で赤ん坊で、大きく成長して大人になったということが真由はわからない。真由にとっては最初から父なのだった。それでも真由は誕生日にはプレゼントをもらっているから、そのお返しとばかり「プレゼント、なにがいい?」と聞いた。
浩一は真由からの思わぬ言葉に感激したようだ。
「その気持ちだけでパパは嬉しいよ」その言葉に偽りはなかった。「ただ眠りたいだけだ」
「もったいなーい。眠るだけなんて」
眠っている暇があるんだったら、一緒に遊んでほしいというのが真由の願いだ。
「パパはね、疲れてるんだ」
真由には父の体調の悪さを洞察する力などはなかったが、以前張り切って遊んでくれたときのようなパワーがまったく感じられなかった。
「眠るだけでいいの?」
「ああ、疲れが取れるからね」
「疲れが取れたら遊んでくれる?」
「ああ、いいとも。一時間でも二時間でも、好きなだけ遊んであげるよ」
「わぁい、やったー」
真由の歓声を聞きながら、浩一は突然の猛烈な眠気に襲われ、引きずり込まれるように眠りに落ちた。
浩一が目を覚まして時計を見ると、わずかに五分程しかたっていなかった。
それでも疲れがすっかりとれているし、ここ数年の間感じたことがないくらいに体が軽かった。
父の晴れやかな清々しい顔を見た真由は満足だった。これでいっぱい遊んでもらえる。
だが、眠るだけでいいなんて、なんて簡単なプレゼントなんだろう。自分だったらほしいものがいっぱいあるのに…。(了)
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