【1000文字小説】霞目靜香の三秒間

 真新しい制服に袖を通し、期待と不安を胸に新しい高校の門をくぐった。若林了はくせ毛が気になる平凡な男子高校生だが「今度こそ、普通の高校生活を送るんだ」と心に誓った。中学時代の苦い思い出、いじめられっ子だった日々に終止符を打つ、はずだった。 


放課後、人通りの少ない裏道で、その「はず」は呆気なく崩れ去った。どこからか下水の臭いが漂ってきて、一気に気分が沈んだ。

 「よお、若林ぃ」低い声に振り返ると、そこに立っていたのは、中学時代に執拗にいじめていた張本人、黒松だった。

金髪でピアスをした黒松は、いかにも不良といった風貌だ。

最悪だ。

了は足がすくんで動けない。心臓がドクドクと脈打ち、手足の震えが止まらない。

「せっかく新しい学校で、お友達作り頑張ってんだろ? ちょっと協力してやろうかと思ってよぉ」ニヤニヤと笑いながら、黒松がじりじりと距離を詰めてくる。

中学時代と同じだ。

恐怖が蘇る。またいじめられる? お金を取られる? 身体が震える。

「あ、あの……」情けない声しか出ない。黒松の手が胸ぐらを掴もうと伸びてきた、その時。

「時間の無駄。その行為はここで終わり」涼しげな声が響いた。女子生徒が立っている。同級生の霞目靜香だ。美人だったので了はすぐに覚えた。隣の席の子はまだ覚えてないのに。長い黒髪を風になびかせた彼女は、清楚な雰囲気の美少女だ。

「な、なんだお前?」

「警告は一度だけ。被害者に触れる権利はあなたにはない」

「うるせえ!てめえには関係ねえだろ!」逆上した黒松が、靜香に詰め寄ろうとした。次の瞬間、黒松は地面に倒れていた。何が起きたのか分からなかった。まるで景色が飛んだかのように、状況だけが変わっている。倒れた黒松は微動だにしない。

「どうして?」了は震える声で、靜香に尋ねた。彼女は倒れた黒松を一瞥し、了に向き直った。

「私、三秒間だけ時を止められるの」

信じられない言葉だった。時を止める、漫画みたいな能力が、現実に?

「そんな、ザ・ワールドみたいな……」

「三秒あれば、ほら、これが使えるわ」手にはスタンガンを持っている。黒いプラスチックの塊からは、微かな高周波音が鳴り響き、先端には青白い火花が散っていた。

「じゃあ」彼女がそう言った直後、その姿は目の前から消えていた。残された了は困惑する。本当に時を止められる? 彼女は一体、何者なんだ?

彼女の世界に、了はもう巻き込まれていた。(文字数:985)


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