彼は左の二の腕に特殊セラミックのナイフを突き刺すと、ぐっと力を入れ二センチ程の線を刻んだ。痛みが走り皮膚の下からは鮮血が流れ出す。
その傷と交差するようにもう一本の線を刻む。十七個目の×印が出来上がる。それが今日の分だった。
傷は全て彼自身がナイフで刻んだものであり、その数は彼が殺したレプリカントの数と一致する。
火星の工場群から地球へと逃亡した数百体に及ぶ人間に模して作られたレプリカント。そのレプリカント達を探し出し、抹殺するのが彼の仕事だった。
人間に紛れ込んで暮らしていたレプリカント達は彼に追いつめられると泣き、叫び、助けて欲しいと懇願し、逃げようとし、彼を殺そうとした。そんなレプリカント達を彼は手入れの行き届いた銃で始末した。
だが始末するたびに彼の中にはやりきれなさが蓄積されていった。これは殺人と同じではないのか。彼等は何ら人間と変わりない! 彼に殺されたレプリカント達の眠りは決して安らかではない。騒がしく荒々しく彼の心をかき乱し、彼の夢の中に化けて出る。
十七の傷痕は、彼が殺したレプリカント達の為のささやかな墓標だった。彼等の怨念を静める、彼の精神のバランスを保つ傷痕だった。それは彼が死なない限り今後も増え続けるだろう。
彼は十七の傷をじっと見つめる。
彼はこの仕事を辞めたいと思っていた。惰性で続けられる仕事とは思えなかったし、他の仲間のように稼げるからと割り切ることも出来なくなっていた。
そんなある日、彼は瀕死の重傷を負った。追いつめられて自爆したレプリカントに吹き飛ばされたのだった。
彼は病院で目が覚めた。
生きていた。その事に感慨はなかった。
彼は、ここに運ばれてきたときには使い古した雑巾のようにぼろぼろで、左腕はちぎれていて、一週間生死の間をさ迷った事を彼を担当した五十歳前後の医者から聞いた。
なくなったはずの左腕はなくなった場所にあった。もうそれは彼のオリジナルの腕ではなかったけれど。拒絶反応もない、最新の生体機構の義手だった。
彼の上司は彼に早く復帰してほしいと願っている、医者は明るい声で彼に告げた。
彼は見つめた。
傷ひとつない、真新しい、左腕。
(1998/07/31/勝ち抜き小説合戦応募 文字数:903)