「私が2歳のときまで住んでいたアパートはね、2階建てだったの」
「突然どうしたんだい、そんなこと」
「いいから聞いて、ね」
「ああ、いいけど」
「父の転勤で引っ越して、7歳になるまで住んでいたマンションは7階建てだったの。隣に住んでた子が私の初恋の相手なの」
「ふうん、そうかい」
「7歳のときにまた引っ越して、高校を卒業する18歳まで住んでいたマンションは…」
「18階建てだった、と言いたいんだろ」
「そうよ。でも、それは確かな事実なのよ」
「へぇー」
「そして、私が大学に入って一人暮らしをはじめて、24歳まで住んでいたマンションは、あなたも知っての通り24階建てだった」
「そうだな。あのマンション、確かに24階建てだった。2422号室のお嬢様」
「結婚して、あなたの住んでいたマンションに私が引っ越して、私が27歳まで住んでいたマンションは27階建てだったわよね。おもしろい運命でしょ」
「運命っていうか、それはただの偶然だろ」
「ううん、違うの。これはね、運命なのよ」
「でも、28歳のお前が今住んでいるここは28階建てなんかじゃないぞ。去年転勤で引っ越してきた冴えないS市の2階建てのアパートだ」
「そうね。ここは、2階までしかないアパートよね」
「これが運命なら君の人生は終わりって事にでもなるのかい? 30階建てのマンションに住めなくて残念だったな」
「以前だったら残念だと思ったけど…」
「そりゃ残念だろうな。100階建てや200階建ての超高層マンションが出来たとして、そこに住むことになったら100歳や200歳まで生きるはずだったんだからな」
「ええ、そうだわ」
「おいおい、本気で運命だと信じてるんじゃないだろうな。ただの偶然だろう?」
「偶然じゃないわ。運命なのよ」
「だって、ここは2階だろ。これが今までが偶然だったという何よりの証拠じゃないか」
「そうじゃないの。今は私の年齢じゃないのよ。運命の階数は、私の運命じゃなくなったのよ」
「どういうことだ?」
「どういうことだと思う?」
「わからないよ」
「少しは考えてよ」
「わからない」
「私、今日病院に行ってきたの」
「病院? どうして? 何かあったのか」
「わからない?」
「わからない」
「…お腹の子、2ヵ月だって」
(1998/08/28/勝ち抜き小説合戦応募 文字数:918)