今はただリサイクルを待つ空缶を、私は蹴飛ばしながら歩いているのである。森閑とした住宅街を、重いカバンを持ちながら。
家から家へと歩き回る飛び込み営業の私は、ただ歩き回るのではあまりに面白味がないので一考。家から家へ移動する際、空缶を蹴りながら移動する事を思いついたので実行。
で、これが中々難しい。あまりに強く蹴りすぎると、当然の事ながら遠くまで飛んでしまい、隣の隣の隣の家の前位にまで行ってしまう。私はまず隣の家へ行きたいのであり、これではいかにも具合が悪い。戻る為にそこからまた強く蹴ると、再び元の位置に戻ってしまい、未来永劫往復運動を繰り返す事になってしまう。また、強く蹴る事によって許容範囲を遥かに超える巨大音が発生、閑静な住宅街で顰蹙を買ってしまう事にもなってしまう。逆に、あまりにも弱すぎると遅々として進まぬ羽目に陥り、件数をこなさなければならない営業としては非常に困る事態が生じるのであり、たかが缶蹴りと侮っていると酷い目にあってしまうのである。
私は左右の足を巧みに使いドリブル。学校帰りの小学生達に空缶を奪われぬよう、フェイントをかけながら。そして隣の家。
「消防署の方から来たんですけど……」
玄関のインターホンに向かって話す。出てきたのは見るからに頭が悪そうな若い主婦。しめしめ、と思ってもそれは顔に出さないでポーカーフェイス。売れるまでは。
「消火器を購入したのはいつですか?」
「え? そんな事お、わかんないわあ」
「本当ですか、大変ですよ。消火器というのは使用期限がありますので、それを過ぎると消火活動に重大な支障を来たす事になりますから」
「ええ! そうなんですかあ?」
私はカバンから小型の消火器を出して主婦に販売、代金一万五百円也を受け取った。消費税込みで、まんまと。しめしめとほくそえむ。顔に出して。ストレートフラッシュ。
二百軒目。出てきたのは目つきが鋭く熊のような大柄の男。用件を告げると殴り掛かってきた。詐欺め、不法侵入だ、俺は正当防衛だなどと喚きながら。私はほうほうの体で逃げ出した。しかし道路に出てくるりと反転。待機させてあった空缶をその家目掛け、思いっきり力を込めてシュート。後は後ろを見ずに走り出す。全速力で、カランコロンという音を後にして。
さて本日は店仕舞い。明日はコーラの缶にしよう。晴天を祈りながら帰宅。
(1998/12/11/勝ち抜き小説合戦応募 文字数:992)
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