その少女の姿をそっと見つめている一つの人影があった。いつもはにこやかで優しそうな顔も、今日は悲しさで曇っている。
眠っている少女は今、夢を見ていた。それはとてもとても楽しく、そして懐かしい夢。あの時から何度も繰り返し見た夢。
逞しい父親がいて、優しい母親がいて、仲良しの友達がいて、みんながみんな楽しそうな、夢。
それが突然悲しい夢へと姿を変える。
お父さんは?
お母さんは?
みんなは?
どこ? どこ? どこ?
あたし一人を残して、どこへ行ったの……。
少女の目からは涙が零れ落ちた。
それは覚めない夢、永遠の悪夢。
少女こそこのシェルターとまったくの偶然によって助かった、最後の人類だった。
少女の父も母も友達も、少女の知る人知らない人すべてが、今はいない。
少女の死は人類の絶滅と同義である。そしてもはや人類が消え去るのは時間の問題に過ぎなかった。
彼にはこの悲しい出来事をどうすることも出来なかった。
彼は少女の元を離れ、シェルターから外へと出た。
外は見渡す限りの廃虚が続く。
少女の見ていた恐ろしい、そして悲しい悪夢の続きがここにある。
かつては人の住んでいた所。
今は誰も住んでいない所。
無人の街にはしんしんと雪が降り続いている。止む事のない永遠の雪。その雪は人間には耐え切れない多量の放射能を含んではいたが、今日という日にはいかにもふさわしい。
彼にはその雪が廃虚を彩る死化粧に見えた。
彼は思ってもいなかった。
楽しい筈の今日がこんなことになっていようとは。人類がこれほどまでに愚かだったとは。
あの子は再び目を覚ますことが出来るだろうか。起きて、靴下の中のおくりものに気がついてくれるだろうか……。
(1998/12/25/勝ち抜き小説合戦応募 文字数:776)
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