その日は雨の平日という事もあり、デパートの来店客は少なく、屋上を訪れる客もほとんどいなかった。毎日こういう具合だったら楽でいいな、と雅宏は雨が降る度に思うのだった。忙しくても暇でも、時給に変りはないのだから……。
大学生の雅宏はあるデパートの屋上でアルバイトをしていた。屋上には子供向けの乗り物やゲーム機などが置いてあり、雅宏はそこの管理、掃除や両替や機器の簡単なメンテナンス等、を任せられているのである。
雨は激しさを増している。天気予報通り、今日一日は降り続けるであろう。気温が低いので、これから雪に変るかもしれない。
雅宏がふと気がつくと、端の方に五歳位の男の子が、傘をさして立っていた。一人でやって来たのだろうか、周囲には男の子の親らしい人影は見当たらない。
雅宏は男の子の側に行くと優しい声で尋ねた。元来が子供好きなのである。
「坊や、一人で来たの?」
「ううん、お母さんと」
「そう。お母さんは?」
「わかんない。ここで待ってろって」
母親が子供を屋上で遊ばせておいて、自分は買い物をしているというケースはよくあるが、こんな雨の日に子供を屋上に置いたままとは、全く呆れてしまう。
どこから来たのか聞くと、男の子は黙って空を指差した。雅宏はその指につられて顔を空に向けた。そして苦笑してしまった。一瞬、男の子が本当に空の彼方から来たように思えてしまったからだ。
それから随分経っても母親は現れなかったので、雅宏は迷子の館内放送を頼んだ。しかし男の子の母親は現れなかった。
早番の雅宏のあがりが近づいてきた頃、
「あ、お母さん」と男の子は嬉しそうに弾んだ声で言った。咄嗟に雅宏は空を見上げた。空からは雨からバトンを受けた雪が降って来ていた。勿論男の子の母親が空からやって来る筈はなく、男の子は屋上の入り口に現れた母親の元へと駆けていった。
母親は四十歳前後の、やや小太りの女だった。雅宏を見ても何も言わず、無愛想な顔で男の子の手を引いて帰っていった。雅宏は何故か、騙されたという気がしたのだった。
翌日、雅宏はデパートの屋上にいつものように一番乗りした。積もった雪に自分の足跡がついた。
「あれ?」 一瞬、昨日男の子がいた辺りに人がいると思いぎくりとした。しかし、よく見るとそれは雪だるまであった。誰が作ったのだろう、と雅宏は訝しがった。屋上には雅宏の足跡以外、誰の足跡もついていない……。
(1998/12/11/勝ち抜き小説合戦応募 文字数:997)