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2019/03/15

【1000文字小説】二年ぶりのマウンドで

「ストライク!」アンパイアが声高に宣言する。ど真ん中の直球。打てるものなら打ってみろという自信に満ちた投球だった。「よーし、いいぞー」味方のベンチから右手を包帯で吊った鈴木が声を出す。その速さに相手ベンチからも驚嘆の声があがる。
 明宏にとって二年ぶりのマウンドだった。高校時代同級だった鈴木は九人丁度の草野球チームエイオーズのピッチャーだが、先週の交通事故で右腕を骨折した。その為当分の間野球が出来なくなってしまい、明宏は鈴木から頼まれて登板する事になったのだ。明宏は一番バッターを三球三振に切って取り、続く二番バッターも同じく三球で仕留めた。
 明宏は元プロ野球のピッチャーである。といっても明宏がプロの一軍で登板したのは一度だけ。十二対一で大量リードされた八回裏に登板し、ワンアウトもとれず七失点で降板した。明宏は引退後も練習を続けた。父のコネで入社した会社の仕事が終わってから一時間、早朝に一時間毎日二時間黙々と練習を続けていた。勿論再びプロ野球の選手として活躍できる見込みはまずなかったし大リーグでも当然通用しないだろう。わかってはいた。しかし自分には野球しかないと信じ込んでいた。野球が明宏の人生の全てだったのだ。鈴木から試合に出てくれと頼まれたとき明宏は最初断った。自分は草野球なんかで投げられないというプライドがあった。だが、こうして試合に出ているのは鈴木の「お前、相手の三番バッターに必ず打たれるぞ」という言葉に反発しての事だった…
 確かに迎えた三番バッターは前の二人とは違った。三振をとりにいったフォークボールを簡単にセンター前に弾き返されたのだった。早く野球をやめちまいな、という程簡単に…
 四番バッターを打ち取りベンチに戻った明宏は鈴木に、彼ならプロでも通用する、と言った。鈴木は三番バッターについて話した。今年三十歳になる彼はプロ野球入りを目指し今秋セネタースの入団テストを受ける事、その為高校教師の職を捨て練習に励んでいる事、バスケットボールを中学のときからやっていたが野球を始めたのは半年前との事…
 明宏は衝撃を受けた。プロの四番バッターにバットで頭を叩かれたような感じだった。幼い頃から続けてきた野球を未だ捨てられない自分と、わずか半年で自分を超えていく人間… 
「ほら、チェンジだぞ」
「あ? ああ」
「高明、疲れたような顔するなよ。試合はまだ始まったばかりじゃないか」

(1998/08/28/勝ち抜き小説合戦応募 文字数:998)



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