【1000文字小説】MacBookについて思うこと
里奈はぼんやりと彼氏の蓮のMacBookを眺めていた。ガラス張りのカフェの店内には、晩秋の柔らかい日差しが差し込んでいる。床は磨かれた木のフローリングで、ところどころに置かれた観葉植物が緑の色を添えていた。蓮の向かいの席で里奈は自分のiPhoneを触っている。彼はMacBookを開き、真剣な顔でカタカタとキーボードを叩いている。家でくつろいでいるときも、蓮はこのMacBookを手放さない。彼は里奈といるよりも、MacBookと向き合っている時間の方が遥かに長い。
カフェの外では風に揺れる街路樹の葉が少しずつ色を変えている。夏の暑さが嘘のように、肌寒い風が吹き抜けていく。もうすぐ冬が来る。そんな季節の変わり目の空気を感じながら、里奈はコーヒーを一口飲む。肩にかかるゆるいウェーブのかかった髪を指で遊びながら、彼女は窓の外を眺めた。
三十歳になった里奈は、仕事もそれなりにこなせるようになり、蓮との関係も安定している。特に大きな不満はない。里奈は仕事ではパソコンを使うが、プライベートはもっぱらiPhoneで済ませていた。一方、蓮は新しいMacBookが出るたびに買い替える。その最新のMacBookに向き合う彼を見ていると、たまに、どうしようもない不安に襲われることがあった。このままでいいのだろうか、と。
「もう少しで終わるから」
蓮は時々そう言って、里奈に微笑みかける。その笑顔は、MacBookから里奈の方に向けられる。その瞬間里奈は、蓮がMacBookよりも自分を大切にしてくれているはずと思い込もうとする。もし「あたしとMacBookのどちらを選ぶのよ」と聞けば、彼はきっと「もちろん君だよ」と言うだろう。しかし、そう答えたからといって、彼はMacBookを手放すことはないだろうと里奈は知っていた。
冬が来る前に、里奈はMacBookに尋ねてみたいと思った。「ねえ、あなたは蓮のこと、どう思っているの?」と。MacBookは何て答えるだろう。無機質な機械のはずなのに、まるでそこに意思があるかのように、彼女は想像した。おそらくMacBookはこう言うだろう。「彼の仕事も、彼の趣味も、彼の夢も、全部私は知っている。里奈さん、あなたは知らないでしょう?」と。カフェの外では冷たい風が強くなりはじめ、街路樹の葉が風に揺れる。道ゆく人々はコートの襟を立て、これから当たり前のように冬が来るのだろう。(文字数:1000)