【1000文字小説】ブランゲドンをいつかまた

 冷暗所に保管されていた包みを開いた瞬間、むせ返るような独特の香りが鼻腔をくすぐった。この香りに包まれるのは、実に十年ぶりだ。香りの秘密は、ブランゲドンの食性にある。特定の薬効を持つハーブや苔だけを選んで食すため、肉に独特の芳香と滋味が含まれるのだ。その選り好みが災いし、環境の変化に適応できず、数を減らしてしまったのだが。かつてのありふれた食材も今では希少な高級品だ。手に入れたのは、幸運にも新鮮な、まだ血潮の匂いが残る上質なロース肉だった。


まず、肉の表面に張り付いた薄い皮膜を丁寧に剥がす。この皮膜は加熱すると硬くなり、食感を損なうからだ。次に、包丁を寝かせて薄くスライスしていく。私はこの肉を最もシンプルな方法で食すことに決めた。素材そのものの味を最大限に引き出すためだ。


塩と黒胡椒を多めに振りかけ、軽く揉み込む。油は引かない。ブランゲドンの肉自体が持つ豊富な脂だけで十分に美味しいのだ。熱した鉄板の上に肉を並べると、ジュウ、という小気味良い音とともに、芳醇な香りが部屋中に広がった。まるで森の落ち葉を燻したような、土の匂いを含んだ香ばしさだ。


焼き加減はミディアムレア。両面がきつね色に焼けたら火を止める。余熱でじんわりと中心まで熱を通すことで、肉汁を閉じ込めるのだ。最後に、レモンを軽く絞り、香り高いハーブを添えて完成だ。


食卓につき、一切れ口に運ぶ。噛みしめた瞬間、肉汁が弾け、口いっぱいに野性味あふれる風味が広がった。力強い旨味と、それを引き立てる脂の甘み。弾力のある歯ごたえが、食べる喜びを何倍にも増幅させる。熱を帯びた肉塊は、失われた時間を取り戻すかのように喉を通り過ぎ、私を満たした。


付け合わせは、シャキシャキとした食感のレタス、鮮やかな赤と黄色のパプリカ、そして薄切りにした紫玉ねぎをふんだんに使ったサラダだ。シンプルなオリーブオイルとバルサミコ酢のドレッシングをかけ、軽く和えている。このサラダの爽やかな酸味とみずみずしさが、肉の重厚さを程よく和らげる。


一口、また一口と食べ進めるうちに、遠い昔の景色に思いを馳せていた。ブランゲドンが群れをなし、土の匂いを撒き散らしながら大地を駆けていく、そんな光景を想像する。かつて見た三メートル近い巨体は、硬い皮膚と、外敵から身を守るための鋭い角を持っていた。このまま絶滅してほしくはないが、かといってこんなに美味しい肉を食べないわけにもいかない。せめて、最後の肉片まで無駄なく食らい尽くそう。


至福の時間はあっという間に過ぎ、皿の上はきれいに空になった。満足感と少しの寂しさが胸を満たす。再びこの肉にありつけることはできるのだろうか。この至高の味を、記憶の中で永遠のものとしよう。(了)






〈1000文字小説・目次〉


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