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2013/07/22

【1000文字小説】私はカバを飼う事に



「こちらの本にカバーはおつけしますか」と聞かれたとき「ああ、お願いします」と答えたのが発端である。

私がもう少し環境問題に関心があって、少しでも紙の無駄遣いを無くそうという気構えがあれば「いえ、結構です」と言った筈であるが、そのような腹積もりは全くなかったのであった。

アルバイトらしい店員の女の子は「少々お待ち下さい」と言って一度奥に引っ込んでから、人間の赤ん坊ほどの大きさのカバを抱きかかえて戻り、私から本の代金を受けとると、本と釣り銭とレシートとそのカバを手渡してきたのである。

面食らった私は「あの、これはいったい何ですか?」とカバを抱きかかえながら聞くと、彼女は「カバです」と至極当然という顔をして回答。

確かにそのとおりで間違いはないのだが、そんなのは見ればわかるのであって、私が聞きたかったのはその名称ではなく理由なのであるが「カバ…ですよね、そうですよね。いや、どうもありがとう」と間抜けにも礼を言いながら本屋を後にしたのであった。

という訳でカバ。逆立ちすればバカと古典的なギャグを持つカバであるが、そんなカバを抱いている私はそんなバカなとこの事態を飲み込めない。

人間の赤ちゃんさえ抱いた事のない私が、カバを抱く事になるとは、人生わからないものである。カバを抱く人生など誰もわからぬだろうが。

カバを抱いて歩いていると腕が疲れる。
それで私は歩かせようと地面に降ろした。カバがその四本の足を使って歩行してくれれば、私としては非常に助かるのである。

が、なんという怠け者であろう、カバはすやすやと眠ったままで飛び出た目が開く気配はない。

このままこの辺に置いて行こうかとも考えたが、野良カバになったら過酷な環境に耐え切れず、多分生きてはいけぬであろう。

付近の野良ネコや野良イヌに追い回され、カラスにつつかれ、悪ガキにいたぶられる、そう思うとそれも不憫。

ニュースになっても困る。

今日の午後カバが捕獲されました。現在警察では飼い主の行方を追っていますと報道され、遂に私は指名手配になってしまうのである。

まあ何にせよ一旦私が受け取った以上扶養の義務が発生したのであるから、おいそれと捨てるわけにはいかぬ。

さあ、行こうか、カバよ。

カバ?

いやいや、まずは名前。

カバといえばムーミンか、まあ無難な命名であろう。

おっと待て。

このカバがムーミンならば、私はムーミンパパか。

ママがいないがムーミンパパ。

逆立ちすればバカ。(了)


〈1000文字小説・目次〉