悟郎はカメラを買いに近所の家電量販店を訪れた。これまではケータイのカメラを使っていたが、段々と物足りなくなってきたのだ。物色していると店員が寄って来た。
「自動車をお求めですか」
「カメラな。ここカメラ売り場だろ」
「し、失礼しました。そうですよね、カメラですよね。で、トヨタがいいですか。それともホンダ…」
「トヨタはカメラ出してないだろ。ホンダもな」
「し、失礼しました」
「このカメラはいかがでしょう。ベンツも交換出来ます」
「ベンツじゃなくてレンズな。どんだけ車売りたいんだよ」
「も、申し訳ありません。お詫びに、すばらしいカメラをご紹介させて頂きます。世界でこの機種しかありません」
「おお、すごいな。どんなやつ?」
「これです」
「なんだ、普通だな。どこがすばらしいの」
「これ、心霊写真が撮れるんです。パシャッて撮ると、ほら、ディスプレイをご覧下さい。お客さんの後ろにホラ、写ってますよ」
「写ってるって、全然すばらしくないよ。怖いよ。そんなの撮るなよ」
「では、こんなのはいかがでしょう」
「マシンガンみたいなカメラだな」
「これは心霊写真どころじゃありません。人の命を吸収できるのです」
「人の命を吸収? どういうことだよ」
「あそこを歩いている人を見て下さい。パシャッ」
「あ、倒れた」
「あの方の生命がこのカメラに吸い込まれたのです」
「ワイルド星人か。いらないよ。そんな怖いもの。どこのメーカーが作ってるんだよ。あの人はどうなるんだよ」
「これはどうですか。パノラマ写真が撮れます」
「あの人はそのままか」
「あ、失礼しました。パノラマ写真ではなくてパノラマ視写真です」
「パノラマ視って、あれか。死ぬ前に人は自分の人生を走馬灯のように見るという…」
「はい、よくご存知で」
「おいおい、いらないよ。死ぬ瞬間のカメラなんて」
「では、これなんかはいかがです。どうぞ手に取ってご覧下さい」
「これか? おっと、随分重いな。鉄アレイ持ってるみたいだな」
「腕の筋肉が鍛えられるカメラです」
「ちょっと重すぎるな。って別に鍛えなくたっていいよ」
「動画を撮っている時なんて、手がプルプルしてきますよ」
「ブレまくるだろうな」
「ちゃんと手振れ補正が効きます」
「いらないよ」
「ではこれはどうでしょうか」
「おい、こりゃ随分大きいな」
「このボタンを押すと…」
「あ、タイヤが出てきて、車になった」
「どうですか。車になるカメラです」
「やっぱり車売りたいんだな」
(了)
今日で10月も終わりです。早いですね。明日から11月です。早いですね。
リンク
〈1000文字小説・目次〉