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2013/10/31

【1000文字小説】カメラを買いに行く



悟郎はカメラを買いに近所の家電量販店を訪れた。これまではケータイのカメラを使っていたが、段々と物足りなくなってきたのだ。物色していると店員が寄って来た。

「自動車をお求めですか」

「カメラな。ここカメラ売り場だろ」

「し、失礼しました。そうですよね、カメラですよね。で、トヨタがいいですか。それともホンダ…」

「トヨタはカメラ出してないだろ。ホンダもな」

「し、失礼しました」


「このカメラはいかがでしょう。ベンツも交換出来ます」

「ベンツじゃなくてレンズな。どんだけ車売りたいんだよ」

「も、申し訳ありません。お詫びに、すばらしいカメラをご紹介させて頂きます。世界でこの機種しかありません」

「おお、すごいな。どんなやつ?」

「これです」

「なんだ、普通だな。どこがすばらしいの」

「これ、心霊写真が撮れるんです。パシャッて撮ると、ほら、ディスプレイをご覧下さい。お客さんの後ろにホラ、写ってますよ」

「写ってるって、全然すばらしくないよ。怖いよ。そんなの撮るなよ」


「では、こんなのはいかがでしょう」

「マシンガンみたいなカメラだな」

「これは心霊写真どころじゃありません。人の命を吸収できるのです」

「人の命を吸収? どういうことだよ」

「あそこを歩いている人を見て下さい。パシャッ」

「あ、倒れた」

「あの方の生命がこのカメラに吸い込まれたのです」

「ワイルド星人か。いらないよ。そんな怖いもの。どこのメーカーが作ってるんだよ。あの人はどうなるんだよ」


「これはどうですか。パノラマ写真が撮れます」

「あの人はそのままか」

「あ、失礼しました。パノラマ写真ではなくてパノラマ視写真です」

「パノラマ視って、あれか。死ぬ前に人は自分の人生を走馬灯のように見るという…」

「はい、よくご存知で」

「おいおい、いらないよ。死ぬ瞬間のカメラなんて」


「では、これなんかはいかがです。どうぞ手に取ってご覧下さい」

「これか? おっと、随分重いな。鉄アレイ持ってるみたいだな」

「腕の筋肉が鍛えられるカメラです」

「ちょっと重すぎるな。って別に鍛えなくたっていいよ」

「動画を撮っている時なんて、手がプルプルしてきますよ」

「ブレまくるだろうな」

「ちゃんと手振れ補正が効きます」

「いらないよ」


「ではこれはどうでしょうか」

「おい、こりゃ随分大きいな」

「このボタンを押すと…」

「あ、タイヤが出てきて、車になった」

「どうですか。車になるカメラです」

「やっぱり車売りたいんだな」

(了)

今日で10月も終わりです。早いですね。明日から11月です。早いですね。


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