一匹の猫を殺そうと考えている。猫の名はミイ。愛する妻が拾ってきた真っ白い雄の猫である。
妻はミイを猫可愛がりしているが、私はといえばこの猫が大嫌いで、どの位嫌いかというと、そりゃあんた、殺そうと考えているくらいに大嫌いで、動機を簡単に述べさせてもらいますと、ミイを飼いだしたその日から、妻の愛情は私に全く向かう事がなくなり、ミイだけに集中、凝縮。私はないがしろにされ、今やここでもリストラされるのを待つ寂しい身の上。いくら私が失業中だとはいえ、妻を愛しているという点では新参の猫になど負けないのであり、であるから、私はミイを死に至らしめ、再び妻の愛情を一身に取り戻そうと考えているのである。
でもって。事は慎重に運ばなければならぬ。私は計画を練った。ミイを叩き殺したり毒殺したりしてからどこかにこっそりと捨てに行く、というのはいくら相手が畜生でも寝覚めが悪い。さて、どうしたものか。その時私はふとひらめいた。小学生の時分、私は金魚を飼っていた。といっても一日だけの事である。何となれば、一日で死んでしまったからである。私は金魚に張り切って餌を与えた。金魚は与えると与えた分だけ残さず食べた。見ていて気持ちが良かった。それで私はどんどん与えた。どんどん食べた。翌日金魚は腹を上にしてぷかぷかと浮いていた…。それを応用するのである。ミイに食事をどんどん与えて殺す事にしたのである。ミイはきっと満足しながら死んでいくに違いない。
実行の朝。妻が出勤し、残った私は妻が買い置きしている市販のキャットフードをミイに与えた。妻はいつもこの缶の中身全部を与えることはなく、その内の半分程をミイに与えているのであるが、私はミイを死に至らしめるべく十缶程与えた。よしよし、たんとお食べ。私が目を細めて見守る中、ミイは私の陰謀に気付いたのであろうか、全部を食べることはなく席を立つ。全部を食べられないほど不味いのであろうか。
そこで私は一缶千円もするキャットフードを十缶購入、翌日ミイに与えた。しかし、昨日同様全部は食べないのである。どうしたことだ。私は焦った。鶏のささみを一キロ、まぐろの刺し身を一キロ買ってきて与えてみたが、やはり残すのであった。
それからの私はミイに気に入って貰えるような食事を作る事に全精力を注入。全て食べ尽す料理を作り上げるその日まで、私の戦いは終わらない。高まるエンゲル係数。再就職は料理人。(了)
1998年に行われていた『勝ち抜き小説合戦』に応募しようとした1000文字小説です。
『勝ち抜き小説合戦』が終了してしまい、そのままになっていました。
15年目のお披露めです。
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