【1000文字小説】サンタが異世界にやってきた
「は?」
蒼井葵は、思わず気の抜けた声を上げた。見慣れない白い壁と、天井が放つ柔らかな光。どう見ても自分の部屋ではない。自室のパソコン前でオンラインゲーム「アルカディアの希望」のクリスマスイベントに熱中していたはずだ。徹夜明けでぼんやりとクリスマスボーナスを受け取ろうとした瞬間、視界が真っ白になり、気がつけばここだ。
混乱しながらも、葵は自分の服装に視線を落とし、二度目の「は?」を放った。
真っ赤な生地に白いファーがあしらわれた衣装。腰には大きな黒いベルト、足元は黒いブーツ。極めつけは、背中に背負った、やたらと立派な大きな袋。
「これって、サンタクロース?」
ここはどうやら石造りの部屋らしい。出口らしきものはどこにもない。
「閉じ込められてる?」
愕然としたその時、頭の中に直接響くような、無機質な声が聞こえた。
『初期設定を完了します。サンタシステムを起動。あなたは「銀雪のサンタ」としてこの世界に転移しました。』
「サンタシステム? 何それ?」
『この世界「アルカディア」の住民は、強い魔力と引き換えに「夢」を失いつつあります。あなたの使命は、贈り物を届けることで、人々に「夢」を取り戻させることです。』
壮大な使命だが、いきなり言われても困る。
『サンタ袋には初期アイテムが格納されています。ご確認ください。』
葵は袋の中に手を入れた。底なし沼のように深く、手探りで何かを掴み出す。それは、見慣れたゲームコントローラーだった。
「え、これ、私が使ってたやつじゃん」
『ギフトアイテム「勇者の剣」です。』
「いや、どう見てもコントローラーでしょ!これが勇者の剣て」
目の前に『ステータス』画面が表示された。ゲームそっくりの慣れ親しんだUIだ。
蒼井葵
職業:銀雪のサンタ
レベル:1
スキル:サンタシステム(EX)、ギフト(S)、瞬間移動(C)、鑑定(F)
装備:サンタ服一式
『瞬間移動(C)を使用します。 使用可能な場所:「町外れの洞窟」』
「洞窟? いきなりダンジョン?」
抗議する間もなく、葵の視界は再び真っ白になった。次に目を開けた時、彼女はひんやりとした岩肌の洞窟の中にいた。ゴブリンが三匹、葵を見て笑っている。
「うわぁぁぁ! マジか!」
葵は咄嗟に持っていたコントローラーを構えた。これが「勇者の剣」なら、戦えるのか? 恐怖で足がすくんだが、葵はコントローラーを握りしめ、ゴブリンたちを睨みつけて叫ぶ。
「メリークリスマス!!」(了)