【1000文字小説】世界一の掃除から始めます!
桜色のスーツに身を包んださおりは、真新しい革靴をきゅっと鳴らして、小さな会社のドアを開けた。
「おはようございます!」
オフィスには彼女の元気すぎる声が響く。応接室には、社長ただ一人が静かに座っていた。
「佐伯さん。おはよう」
「はい!本日よりお世話になります!当社を世界一の会社にしてみせますのでよろしくお願いします!」
幼い頃、父の会社が倒産するのを見て育ったさおりは、「会社はいつか必ず世界一になり、誰にも負けないくらい強くなるべきだ」と信じていた。さおりは背筋をぴんと伸ばし、力強く言い放った。社長は柔和な笑みを浮かべ、軽く手招きした。
入社式とは言っても、二人きり。小さなテーブルを挟んで向かい合う。社長から渡された辞令を、さおりは緊張で震える手で受け取った。
「当社は地域に根差したサービスを提供している。佐伯さんには、その良さをさらに多くの人に知ってもらいたいと思っている」
社長の言葉に、さおりは目を輝かせる。
「はい!任せてください!まずはホームページを大改革して、SNSでもガンガン発信して、斬新な企画で注目を集めます!そして、御社のサービスを世界中に!」
さおりの頭の中では、すでに世界進出への壮大な計画が描かれている。
さおりは何社もの企業に落ち続けた、能力は全くない「気持ちだけの女」だった。ウェブサイトの作り方なんてチンプンカンプンだし、SNSの使い方も自己流。さおりは、根拠のない自信と、人一倍強い「やる気」だけで成り立っていた。
社長はそんなさおりの様子を微笑ましく見守っている。まるで若い頃の自分を見ているようだ。
「佐伯さん。まずは、社内のことを知ることから始めようか」
社長はそう言って、さおりを小さなオフィスの各所に案内した。
「ここが君の席だ」
さおりのデスクには、真新しいノートパソコンが置かれている。
「ありがとうございます!早速、世界一への第一歩を刻みます!」
さおりは席に着くなり、パソコンの電源を入れた。
社長は「焦らなくていいからね」と優しく声をかけると、自分の席に戻っていった。
社長から渡されたのは、地元の高齢者向け安否確認サービスの顧客リストだった。さおりの心は燃え上がっていく。
「世界一の会社にするために、私にできること。……そうだ、まずは掃除だ!」
さおりは立ち上がり、オフィスを見回した。
「世界一の会社は、世界一きれいでなくては!」
さおりの入社初日は大掃除へと変貌していった。(文字数:1000)