【1000文字小説】成長期、のはずがない
月曜日。寝ぼけ眼で洗面台に向かい、鏡に映る自分を見て圭一は目を擦る。少しだけ背が伸び肩幅も広くなっているような気がしたのだ。筋トレの効果だろうか。ここ最近はサボりがちだった。まあ、気のせいだろう。三十歳になって成長期なんて、笑い話にもならない。
火曜日。スーツの肩がきつい。会社のエレベーターに乗り込むとやけに圧迫感がある。同僚の女性が「圭一さん、なんか体がっちりしました?」と声をかけてきた。冗談めかして笑い飛ばしたが、内心穏やかではない。帰宅後、風呂に入る前に体重計に乗る。数値を見て圭一は二度見した。昨日より五キロ増えている。
水曜日。もう気のせいでは片付けられない。朝起きた瞬間、全身がぎしりと音を立てるような感覚に襲われた。服はどれも袖を通すのがやっとでパンパンになっている。会社の椅子が小さく感じる。周囲の視線が突き刺さる。何があったのかと聞かれ「ジムに通い始めて…」と苦し紛れの嘘をつく。いくら筋トレをしても、骨格まで一日で変わるはずがない。
木曜日。ベッドから起き上がると、天井が近く感じる。身長が伸びているのだ。測ってみると、昔より二十センチは高くなっている。会社に行く事はやめた。昨日買ったばかりのシャツが、もうボタンが閉まらない。三十歳の大人が、成長痛のような鈍い痛みを全身に感じながら、ひたすら大きくなっていく。まるで風船に空気が入っていくようだ。
金曜日。アパートの部屋が狭い。立ち上がると頭をぶつける。歩くと壁にぶつかる。恐怖が全身を支配した。このまま大きくなり続けたら、どうなるのか。天井を突き破り、やがて町を破壊する巨大な怪物になるのだろうか。ネットで症例を検索するが、そんな馬鹿げた話は一つも見つからない。
土曜日。アパートの床が軋んだ。壁のひび割れが広がる。窓の外に広がる空が、いつもの何倍も近く感じられる。もはやこの部屋にいることはできない。玄関から出ようとするが、体が引っかかってしまう。力任せに体をねじ込むと、玄関の枠が盛大な音を立てて壊れた。近所の人たちの悲鳴が聞こえる。
日曜日。一週間前まで、ただの平凡な会社員だった圭一は、今や見上げるほどの巨人になっていた。もう元の自分には戻れないのか。街を壊さぬよう、静かに一歩を踏み出す。その足音は、まるで雷鳴のようだった。見知らぬ天井を叩き割る夢を、昨夜見た気がする。それはただの夢ではなかったのだ。成長期、のはずがない。(文字数:1000)