【1000文字小説 】予知と現実

 薫は人の死を予知したことがある。最愛の祖父が亡くなる一週間前だ。夢の中で祖父が白い光に包まれて消えていくのを見た。一週間後に祖父は静かに息を引き取った。


その予知が、今回再び現れた。夢の中で白い光に包まれていたのは、彼氏の拓海だった。薫は悟った。拓海の命は、あと一週間だと。

拓海はクズな男だ。働かず、薫の稼ぎにぶら下がって、毎日自堕落な生活を送っている。将来の夢ばかり語って、行動は伴わない。一緒にいるのは彼を深く愛しているからでも、将来に期待しているからでもなく、ただ「別れるのが面倒くさかったから」だ。


しかし、あと一週間でこの世を去るというならば、怒る気力も、働かないからと言って無理やり働かせる考えもなかった。むしろ、彼がこのまま無邪気にゲームをして笑っている姿が、少しだけ愛おしくすら感じられた。


薫は言葉を発することなく、拓海の隣に座り込んだ。

「ねえ、拓海。もし、あと一週間しか生きられないとしたら、どうする?」

拓海はゲームを一時停止し、薫の方を見た。その目には、いつもの呑気さに加えて、少しだけ困惑の色が浮かんでいた。

「何言ってんだよ、薫。縁起でもないこと言うなよ」

薫は小さく微笑んだ。

「ううん、ただの冗談。気にしないで」


とは言ったものの、「いや、冗談ではなくあと一週間で、あなたは死ぬのよ」そう拓海に告げた方がいいだろうか。信じてくれないかもしれない。いや、きっと信じないだろう。いきなり一週間後に死ぬなんて言われても、「はい、そうですか」とはならない。


では、黙って見守るか。

死ぬとわかっているのに、拓海に悔いが残らないようにするには、どうすればいいのだろう。


「それと、保険に入れないと」

その言葉が頭をよぎった瞬間、薫は自分自身の冷酷さにぞっとした。彼の死を予知しているというのに、思いついた事が、残された自分の生活の安定を図ることだったなんて。


だが、すぐにその罪悪感は、現実的な焦燥感へと変わった。彼の死後、葬儀代や諸々の手続きにかかる費用、そして何より、自分一人の生活を立て直すための資金が、圧倒的に不足しているのは明白だった。


明日、昼休みを利用して、生命保険の相談窓口に行こう。彼氏という関係性で受取人になれるか、あるいは事実婚として手続きを進める必要があるか、確認しなければならない事は山積みだ。予知能力がもたらした非情な現実の中で、薫は一人、生存のための具体的な算段をつけ始めた。(文字数:1000)



<1000文字小説目次>


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