【1000文字小説】スライムだけならいくらでも
ゴブリンのギョロリとした目玉、コボルトの鋭い牙、オークの威圧的な体躯。どれもこれもロンにとっては恐怖の対象。他の冒険者達が稼ぐ為ゴブリン狩りに出かける中、ロンが向かう場所はいつも決まっていた。通称「スライムの森」。そこにいるのは世界で最も弱い魔物、スライムだけ。プルプルとした青い塊は、攻撃してきてもせいぜい体当たり程度で、痛みもほとんどない。見た目も愛嬌がある。
スライムはせいぜい保湿剤の原料になる程度で、報酬は雀の涙だ。スライムは単価が安いので、冒険者は少しでも腕が上がると、効率よく稼げるゴブリンやコボルトの狩り場へと移動していく。その為、スライムを倒し続けた者というのは、この世界に存在しない。
だが、ロンは違った。彼は毎日、朝から晩までスライムを狩り続けた。何せスライム以外の魔物は怖くて倒せない。剣を振り下ろし、スライムが「ぽよん」と音を立てて消滅する。その繰り返し。他の冒険者からは「そんな事じゃ一流になれないぞ」と馬鹿にされたが、彼らの言葉に反論はしない。彼らが戦うような魔物と対峙する勇気が、彼にはなかったからだ。
スライムを倒すたびに経験値が入り、レベルは少しずつ上がっていく。しかし、上がるのはレベルだけで、彼の恐怖心は一向に消えなかった。
ロンは質素な暮らしを徹底していた。何せお金がない。町の外れにある、雨風をしのげるだけの崩れかけた小屋が住まい。食事は木の実や野草を中心に、たまに安いパンをかじる程度。着ている服は、何年も継ぎ接ぎだらけのボロ布。スライム報酬のわずかな金銭は、最低限の生活必需品と剣の手入れのために消えていく。雨でも風でも休めない。単価が安いので休めないのだ。
数年が過ぎた。相変わらずスライムを狩っていると頭の中に「レベル、カンスト」という声が響いた。何事だと思いギルドでレベルを確認した。映し出されたレベルを見て、ギルドの受付嬢は絶句した。ロンのレベルは、世界中の冒険者の中での最高値を示していたのだ。
彼のレベルの高さはすぐに町中に知れ渡り、彼は「いつか魔王を倒す英雄」として祭り上げられてしまった。人々からの期待の眼差しが、ロンに突き刺さる。彼は震える手で剣を握りしめ、冷や汗を流しながら呟いた。「……スライムなら、いくらでも倒せるんだけどな」
最高レベルになった事で、逃げ場がなくなってしまったロンは、今日も恐怖と戦いながら、スライム以外の魔物に立ち向かう。(文字数:1000)