【1000文字小説】幼馴染がいないなら
いつもの学校生活が、見慣れない転校生のせいでひどく落ち着かない。花村莉子を見た瞬間、俺の日常は色を変えた。その隣の席に座る転校生が、まだ一日しか知らない俺に、まるで幼馴染のように話しかけてくるのだ。
「おはよう」
隣から聞こえてきたのは、透き通った声だった。栗色の髪が揺れ、大きな瞳が俺を見つめていた。少し不安そうで、でも、どこか期待に満ちているような表情。俺は「おはよう」とだけ返すと、彼女は一歩踏み込んでくる。
「大樹、ハイキュー、面白いよね。見てる?」
「ジャンプなら」
「違ーう、アニメ」
彼女はそう言うと、ふわりと笑った。転校生ってのは、普通もっと遠慮するものだろ。俺の知る限り、初日から自分から男子に話しかけてくるやつなんていなかった。大抵は、周りの空気を読んでから、誰かが話しかけてくれるのを待っているものだ。俺はその距離感に戸惑っている。
休み時間になると、俺が友人たちと話しているところに、莉子は構わず入ってきた。それはもう、幼馴染のように、名前呼びで。さすがに弁当は女子と一緒に食べていたが、俺が弁当のエビフライを食べているのを見て、「エビフライ好きだったよね」と言ってきた。友人の視線が痛い。俺は、どうしていいか分からず、ただ固まっていた。
放課後、クラスメイトたちが帰り支度を始める中、莉子は俺に声をかけた。
「高瀬くん、ちょっといいかな?」
教室の隅にある掃除用具入れのそばで、莉子は少し緊張した面持ちで、俺の目をじっと見つめた。
「あのさ、高瀬くん。私と、幼馴染になってくれないかな?」
幼馴染? 今、幼馴染って言った? 昨日初めて会ったばかりだろ?
「冗談か?」
俺は呟くように言った。言葉を濁そうと口を開きかけた、その時。
「ありがとう、大樹」
彼女は俺の返事を待たずに、満面の笑みを浮かべた。その笑顔は、さっきよりもずっと眩しい。
「えっ……」
俺は、思わず声が出てしまった。俺は、まだ何も言ってない。なのに、彼女は、もうすでに、この幼馴染という設定で話を進めている。
「幼馴染と会うのは初めてなんだ。嬉しい。これまで転校ばっかりだったからさ」
その笑顔は眩しすぎた。昨日会ったばかりで、常識的に考えたらあり得ない。でも、どこか寂しさを含んだその笑顔を見て、俺はもう抗えなかった。そうだよ。幼馴染だよ。この笑顔の為なら幼馴染にだってなるさ。昨日初めて出会った彼女は、子供の頃から知ってる幼馴染に間違いない。(文字数:1000)