【1000文字小説】動かない観覧車

 SNSで“パワースポットの遊園地”として話題になっていた写真を、咲月が最初に見たのは残業帰りの電車の中だった。

パワースポットといえば神社や山の名所を思い浮かべる。

それなのに、廃墟の遊園地がパワースポット?

その矛盾めいた響きに、咲月は軽い興味と半信半疑の気持ちを覚えた。


最近、仕事では判断ミスが続き、上司からの小さな指摘さえ胸に重くのしかかる。

以前の自分なら、こんなことは気にせず前に進めたはずなのに、今は何をしても空回りしているように感じていた。

どこかへ逃げ出したい気持ちもあったのだろう。

咲月は休みを取り、平日の昼下がりに“パワースポット”と噂された廃墟の遊園地を訪れた。


入口をくぐると、胸がざわついた。

SNSで見た写真では日中でも人影があったが、今日は誰もいない。

伸び放題の雑草がアスファルトを覆い、案内板のペンキは剥がれ落ち、ひび割れたガラスが鈍く光る。

風で揺れるブランコの軋みだけが広い空に響き、微かに香る土と鉄の匂いが胸をくすぐった。

昼間の光の下で、人の気配がない静けさが、かえって不思議な力を秘めているように感じられた。


「本当に、ここがパワースポットなのかな…」

小さく呟く。期待と不安が入り混じり、胸の奥がざわついた。


それでも奥へ進む。

砂利を踏む音、遠くで揺れる看板、風が抜ける音。

廃墟特有の孤独がまとわりつき、SNSの写真では決して分からない“生きている廃墟”の気配がじわりと心に迫ってくる。


やがて、遊園地の象徴だった観覧車の前に立った。

かつて鮮やかだった観覧車のゴンドラは色褪せ、鉄骨には深い錆が浮き、塗装は帯のように剥がれて垂れ下がっている。

園内全体が時間に置き去りにされたようで、風景だけが静かに呼吸しているようだった。

観覧車は、寂れた園の中でひときわ目を引き、象徴的な存在として、静かに佇んでいた。


咲月は止まったままの観覧車のゴンドラにそっと腰を下ろした。

薄暗く、埃っぽく、かすかに油の匂いが残る狭い空間。

窓の向こうには、錆びたアトラクションと枯れた植え込みが広がる。

視線を巡らせると、昼の光の中でも、園内の空気がほんのわずかに震えているような気がした。


ゴンドラの中で、咲月は小さく息を吐いた。

何かを得た感覚はない。


観覧車のゴンドラを降りると、遠くで写真を撮っているカップルが見えた。

自分とは対照的な彼らの軽やかさが一瞬だけ胸を刺したが、それでも現実に戻るきっかけになった。

――ああ、ここは特別な場所じゃない。

ただの廃墟で、ただの遊園地の残骸だ。


廃墟はそのまま、錆びた鉄骨も色褪せた観覧車のゴンドラも静かに佇んでいた。

遊園地全体が本当にパワースポットかは分からない。

ただ、何も変わらない場所にわざわざ足を運んだ自分がいたことだけが、ほんのわずかに、現実として残っていた。


<1000文字小説目次>

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