【1000文字小説】剪定バサミと小さな温もり

 土曜の午後、七海は庭の植え込みの手入れをしていた。ごつごつとしたグローブをはめた手で、鬱蒼と茂りすぎたツツジの枝を選び、錆びかけた剪定バサミを動かす。ガチン、ガチンと硬い枝を切る鈍い音が、静かな午後の空に響く。


ふと視線を感じて顔を上げると、レンガの小道に一匹の猫が座っていた。

毛並みはつややかで健康そうだ。キジトラ柄の体に、白い靴下を履いたような足。首輪はしていない。大きな、まん丸の瞳。その顔を見た瞬間、「モモ?」と思わず声が漏れた。十年ほど前に、実家で飼っていた猫と瓜二つだったのだ。同じキジトラ柄、同じ白い靴下、そして何より、大きな、少しきょとんとしたような瞳。亡くなってしまったモモが生き返ったかのようだった。


猫は七海の知り合いであるかのように、迷いなく近づいてくる。七海の足元まで来ると、鼻先を七海の靴にちょんとつけ、くんくんと匂いを嗅いだ。そして、にゃあと控えめに鳴く。亡くなったモモも、こんな風に甘えてきたっけ。

七海はしゃがみ込み、おそるおそる手を伸ばす。猫は七海の手のひらに自分の頭を押しつけてきた。その小さな頭を撫でると、柔らかい毛が指先に絡みつく。


七海は猫を抱き上げようとすると、少しだけ抵抗したがすぐに大人しくなる。猫はベンチに座った七海の膝の上で丸くなり、穏やかな寝息を立て始めた。風が、庭の木々を揺らし、カサカサと葉が鳴る音が聞こえた。遠くで子どもの笑い声が聞こえる。七海は、膝の上の猫をそっと撫でながら、このまま時間が止まればいいのに、とぼんやり思った。


ふと膝の上の温もりが、あの日を呼び覚ました。一人暮らしを始めた七海に、母から電話があった。「モモ、もうあまりご飯を食べないのよ」その知らせに、七海は慌てて実家に戻った。弱って痩せてしまったモモは、もう七海の膝には乗れなかった。それでも、七海が床に座るとふらふらと歩み寄り、七海の足に体をすり寄せてきた。あの時の、力ないけれど、確かな温かさ。その感触を、今、目の前の猫から感じている。


猫がむにゃむにゃと口を動かし、ゆっくりと目を開けた。七海の顔をじっと見つめ、再びにゃあと鳴く。猫はのびをすると、七海の膝から飛び降り、振り返ることなく植え込みの奥へと消えていった。七海は、ぼんやりと空を見上げた。十一月の空はどこまでも高く、澄んでいた。七海の中には、膝の上の小さな温もりと、忘れかけていた懐かしい記憶が、静かに残された。(文字数:1000)


<1000文字小説目次>


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