【1000文字小説】空白の葉書

 渚は寒さが苦手だったが、春が近づき、ようやくほっとしていた。そんな朝、郵便受けに一通の葉書を見つける。宛名は渚の名前。丁寧な手書きだ。差出人はなく、裏面も真っ白。消印もない。直接入れたのだろうか。胸の奥が少しざわついたが、忙しさに紛れて忘れた。


数日後、二枚目の葉書が届いた。裏面はやはり白紙で、消印もない。誰かが自分の名前を書き、ひそかに投函している。考えると心臓がぎゅっと締め付けられる。渚はただ葉書を眺めていた。恐怖より奇妙な好奇心のほうが勝り、視線をそらすことはできなかった。


夏の暑さが厳しくなる頃、葉書は捨てられずにたまり、机の上にまとめて置かれるようになった。何も書かれていないのに、手元にあることが気になってしまう。友達に見せることも考えたが、話せば送り主に気づかれるかもしれない——その可能性を思うだけで、声にできなかった。誰が、何のために——問いだけが頭の中で反響する。


秋が過ぎ、冬の気配が近づく頃、葉書は机の片隅に積まれ、いつでも目に入るようになった。裏面は白紙、宛名だけが浮かぶ。恐怖も好奇心も、いつの間にか薄れ、渚はただその異様な日常に順応していた。誰もいないはずの時間に、自分の名前を書いた紙が滑り込む。存在の気配はあるのに、形は掴めない。


ある夜、窓の外の風が強く、郵便受けがかすかに揺れた。翌朝、また一枚の葉書が入っていた。宛名は同じ字だが、微妙に歪み、インクがわずかに滲んでいる。渚は息を呑み、手を伸ばすのもためらった。手に取った瞬間、冷たい紙の感触が指先からじんわりと背筋に広がる。意味も差出人もわからない。届くこと自体が日常の一部になった今でも、その冷たさだけは変わらず、渚の胸の奥で小さくざわめき続けた。


白い葉書は今日も、郵便受けの奥で待っている。誰が、何のために。渚には答えが出せない。ただ、次にどんな形で現れるのか——想像しただけで、肌の奥がひんやりする。



<1000文字小説目次>


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