【1000文字小説】冬の帰り道

 冬の北風がビルの谷間を吹き抜け、車のライトが凍った路面に散って揺れた。健司はコンビニのアルバイトを終え、フードを深くかぶりながら帰路についた。四時間のシフト、時給八百二十円。今月の給与を頭の中で計算し、白い息を吐く。


「お疲れさまです」

若い店員の軽い声が耳に残っている。二十代前半の彼と、自分のあいだにある三十年の差を思うと、胸の奥が重く沈んだ。十五年前に勤めていた印刷会社が倒産してから、職を転々とし、気づけば五十歳のアルバイトになっていた。


大通りを外れ、薄暗い路地に入ると雪が容赦なく吹き付けてくる。壁の落書きも、曇ったガラス窓も、街灯の光でぼんやり浮かんで見えた。その景色は、かつて憧れた映画のようでありながら、今はただ冷たかった。


橋の上では、川面に街灯が揺れ、氷片が静かに流れていた。スマートフォンが震えたような錯覚を覚え、ポケットから取り出す。だが画面には何も表示されていない。

――今日だけで三度目だった。


歩道に落ちた手袋を見つける。拾い上げると、前から学生が駆けてきた。

「あ、それ、僕のです!」

差し出すと、彼は軽く会釈して去っていった。温かい言葉だったのに、心には何も残らなかった。


古いアパートに戻ると、隣室から若いカップルの笑い声が漏れてきた。未来に向かって進んでいく人の音だとわかる。その明るさから、健司は目をそらした。


部屋に入り、暖房をつける。スマートフォンを机に置き、画面をじっと見つめた。通知は一つもない。姪からも、昔の同僚からも、誰からも。

今日どころか、ここ数日ずっとそうだった。


窓の外では雪が静かに降り積もっている。白い粒が街を覆い隠し、形あるものをすべて均していく。過去も未来も区別なく。


健司は窓辺に座り、手を伸ばしてみた。だが、冷たい硝子がそれを拒むように返してくるだけだった。

吐いた息はすぐに消えた。


自分の人生も、こんなふうに跡形もなく消えていくのだろう。


その思いだけが、静かに胸に沈んでいった。


<1000文字小説目次>

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