【1000文字小説】当たる確率
麻里は退屈な日常に少しの彩りを与えたくて、時折宝くじを買う。今回は年末ジャンボを十枚。当たる確率なんて天文学的な数字だが、幼馴染のユカとカフェで「もし当たったらどうする?」とあれこれ想像を巡らせるのは楽しかった。ユカは「三億あったら、タワマン買って、専業主婦になる!」と目を輝かせていた。麻里は、そんな派手な生活よりも静かに田舎でカフェを開きたい、なんて答える。
幼馴染のユカとは、子供の頃から家の経済状況で苦労する姿を見てきた。たまに麻里の家で夕食を共にした際、ユカが「美味しい」と涙をこぼしながら言ったのを、麻里は忘れられずにいた。だから麻里はユカの言葉を、無邪気な夢物語だとは思えない。
当選発表の日。ネットで当選番号を確認した。だが、当然のようにどの数字も一致しなかった。年が明け、会社が始まり出勤した麻里は、いつもと変わらない日常に安堵を覚えた。昼休み、ユカとコンビニのパンを分け合おうと誘ったが、ユカは「ごめん、ちょっと用事があるから」と断った。それ以来、ユカは麻里をランチに誘わなくなった。麻里はユカの指にはめた高価そうな指輪や、腕に巻かれた高級ブランドの腕時計に目が釘付けになった。
後日、麻里はユカから「今度、海外旅行に行かない?」と誘われた。麻里は、ユカの変化に戸惑いながらも、ふと考える。そういえば、以前読んだネットニュースの記事で「宝くじに当たっても会社を辞めない人は多い」というアンケート結果を見たことがあった。いつでも辞められるという安心感が、逆に仕事を続ける余裕を生むのだろう、と書かれていた。もしそうなら、ユカもひっそりと当選金を懐にしまい、何も言わずに仕事を続けているのだろうか。
ある日、ユカが麻里にため息をつきながら言った。「宝くじ、当たらないかなあ。そしたら、このつまらない人生も変わるのに」。その言葉に、麻里は複雑な思いを抱いた。ユカは本当に当たったのだろうか。それとも、まだ夢を見ているだけなのだろうか。
その夜、麻里は眠りにつく前、スマホをいじっていた。ユカがSNSに投稿した写真が目に留まった。高級ホテルのラウンジで、高そうなカクテルを片手に微笑むユカ。写真の中のユカは、いつもより少しだけ、遠い場所にいるように見えた。麻里は次に宝くじが当たったら、そのうちの一千万円ぐらいは、ユカにあげようと心に誓った。それは、いつか本当に叶うのだろうか。 麻里は目を閉じた。(文字数:1000)