【1000文字小説】駄菓子屋だにゃー
初夏の日差しがアスファルトを揺らし、都は何度目かになるため息をついた。今日もまた、面接は不採用。かれこれ二桁は落ちている。とぼとぼと歩く足が止まったのは、古びた駄菓子屋の前だった。ガラス戸の向こう、店番をしているのは一匹の猫。のんびりと香箱座りをしている白い猫に、都は少しだけ心が和んだ。無意識に手を伸ばし、頭を撫でようとしたその時、猫は都の指先をひらりとかわした。
「頭を撫でるなら、ここで買えにゃー」
都は耳を疑った。いや、確かに人間の言葉でそう言った。混乱する都の頭の中に、先月のニュースの映像が蘇った。「各地で喋る猫の目撃情報が相次いでいます。原因は不明ですが……」半信半疑だったが、現実に目の前にいた。
「な、なんか買います……」
引き寄せられるように駄菓子屋の戸を引いた。カランコロンとベルが鳴る。店内は昔ながらの風景で、カラフルな駄菓子が棚に並び、くじ引きの箱が鎮座していた。他には誰もいない。
「子供たちはまだ学校にゃー。お姉さんは会社はどうしたにゃー?」
猫は都を見上げた。言葉はたどたどしいが、意味は通じる。都は力なく笑い、溜め込んでいた本音を吐き出した。
「会社は入りたいんだけどさ、全部落ちてんの」
「ふーん。世の中、お姉さんみたいに働きたくても働けないやつと、働きたくないのに働かされてるやつで溢れてるにゃー。俺も店主の爺さんが腰を痛めて入院したからにゃ、仕方なく働いてるにゃー。どっちも馬鹿みたいにゃ」
馬鹿みたい、か。確かにそうかもしれない。都は張り詰めていた心が少し軽くなるのを感じた。
「とりあえず、これ食うにゃ」
猫が前足でチョンと弾いたのは、「うまい棒」のめんたいこ味。都はそれと、瓶のコーラを手に取った。
「代金はそこに置いとくにゃー」
猫はもう都に興味を失ったように、窓の外を眺め始めた。都は言われた通りにお金を払い、うまい棒の袋を破った。サクサクとした食感と、ジャンクな味が口いっぱいに広がる。
「落ちても食っていけるなら、まだマシにゃ。落ちたことをずっと考えてても腹は膨れにゃー」
猫の言葉はぶっきらぼうだったが、不思議と都の心に染み渡った。少しだけ元気が出た都は、「また来るニャ」と猫に告げ、駄菓子屋を後にした。猫は「にゃー」とだけ返事をした。
駄菓子屋の戸が閉まり、都の背中が見えなくなると、猫は伸びをして、再び香箱座りになった。夕方のチャイムが、のんびりとした街に響き渡っていた。(文字数:1000)