【1000文字小説】澱む光
教室の窓から差し込む午後の光が、リカの机の上に歪んだ四角形を落としていた。雲が流れるたび、光は濃くなったり薄くなったりして、まるで落ち着きのない心を映すようだった。リカはノートの端に無意味な線を引きながら、隣の席を見ないようにしていた。そこにカナはいるのに、視線を合わせる勇気が出ない。
昨日の放課後、ファミレスで進路の話になった時、カナはやけにストローを噛んでいた。氷の溶けたグラスを何度も揺らし、氷がぶつかる音だけが妙に大きく響いていた。
「ねえリカ、大学行っても全然遊ぶ時間ないらしいよ? うちのお姉ちゃんが言ってた」
そう言いながら、カナは笑った。でもその笑顔は、すぐに崩れそうで、目だけが笑っていなかった。
「えー、そうなの? まあ、大変だろうとは思ってたけど、どうしても先生になりたいんだ」
リカは教員になる夢を口にした。言葉にした瞬間、カナのスプーンが止まった。
「リカはいいよね。やりたいこと決まってて」
その声は軽かったが、次の瞬間、カナは早口で続けた。
「私は勉強向いてないし、早く働いた方がマシだし」
「それでもさ、選択肢は――」
そこまで言って、カナの眉がきつく寄った。
「結局、勉強できる人の考えじゃん。偉そう」
それきり、何も言えなかった。正しいことを言えば、きっとカナを追い詰めてしまう。そう思う一方で、沈黙を選んだのは、傷つけるのが怖かったからだと、リカ自身が一番よく分かっていた。
今朝、待ち合わせ場所にカナはいなかった。教室では目が合った瞬間、カナは鞄を抱え直し、わざと前の席の友達に話しかけた。笑い声が、光の中で反射して眩しかった。
昼休み、カナは別のグループで騒いでいた。大きく笑い、机を叩き、必要以上に明るく振る舞っているのが、かえって痛々しく見えた。リカは声をかける機会を探し続けたが、タイミングはすべて逃げていった。
放課後、昇降口でようやく二人きりになった。夕方の斜めの光が床を長く染め、二人の影は不自然に離れて伸びていた。
「昨日のことなんだけど……」
リカが言いかけた瞬間、カナは靴箱を強く閉めた。
「今さら何? どうせ私が間違ってるって言うんでしょ」
「そんなつもりじゃ――」
「もういい」
カナは顔を上げなかった。そのまま友達の方へ小走りに去っていく。扉が閉まると、光は遮られ、昇降口は急に薄暗くなった。
リカはその場に立ち尽くした。謝る言葉も、理解しようとした気持ちも、すべて遅すぎた。澱んだ光の中で、リカは動けないままでいた。