【1000文字小説】平凡OL、六つ子になる
「くしゅん!」
二宮環、二十六歳OL、独身。ごく普通のくしゃみだったはずなのに、環の隣の席にもう一人の環が現れた。淡いブルーのブラウスにネイビーのタイトスカートという服装も、手入れの行き届いたボブヘアも全く同じ。驚きに目を見開いた環が二人。
「え、どういうこと?」
「あたしがもう一人いるんだけど?」
二人は同時に声を上げた。鏡を見ているような奇妙な感覚。夢かと思って頬をつねるが、痛い。目の前にいる環も同じように頬をつねり、痛みに顔をしかめている。
信じがたい状況だったが、くしゃみが原因だったのか?最初の環は試しに机の引き出しからランチ用の小さな胡椒の瓶を取り出した。
「何する気?」
「試してみるのよ」
環は小瓶の蓋を開け、鼻先に振った。
「くしゅん!」
三人目の環が現れた。一度で止めようと思ったが止まらない。くしゃみが出るたびに、ポコ、ポコ、ポコと、まるで空気の塊が物質化したように環が増えていく。三人、四人、五人……あっという間に、デスク周りは六人の二宮環で埋め尽くされた。
「ちょっと、狭いんだけど」
「くしゃみ止めてよ!」
「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン!」
六人全員が同じ服装、同じ顔で、口々に不満を言い始めた。幸い、オフィスにはもう誰も残っていなかった。終業時間を過ぎていたのだ。
「えーと、私たちはどうすればいいの?」
「こんなにいたら、もうおそ松さんかよって感じよね」
「あたし、タマ松!」
「さっきから、お笑い枠がいる」
六人の環は、それぞれの個性を出し始めた。一人は冷静に状況を分析し、一人は今後の生活費の心配をし、一人はこの現象をネットに書き込もうとし、一人はお笑いネタを連発している。皆、同じ遺伝子を持つはずなのに、少しずつ反応が違うのだ。
「明日、会社どうする?」誰かが呟いた。
「六人全員で行くわけにはいかないでしょ」
「とりあえず、今日のところは私の家に全員集合よ」
最初の環がリーダーシップを握り、六人はオフィスを後にした。六人が並んで電車に乗り込むと車内がざわつく。並んで吊革に掴まると、他の乗客たちは何かの撮影だと思っているようだ。勝手にスマホで撮影している者もいる。
「晩御飯はどうする」
「食事の用意が大変」
「胡椒は振らないでよ」
六人分の食事を終えると、誰かがリビングで寝転がり、別の誰かが風呂を洗い始めた。ここで六人分の寝床を確保しなければならない。二宮環の平凡なOL生活は、突然変異のくしゃみによって、一気にルームシェア生活へと舵を切ったのだった。(文字数:1029)