【1000文字小説】紙の軌跡
金曜日の夜十一時過ぎ。プラットホームは終電を待つ人々で混雑していた。私は端の古びたベンチに腰を下ろし、周囲のざわめきをぼんやり眺める。
隣に、私と同じくらいの年齢の女性が座った。スーツの肩は少し丸まり、カバンから一枚の紙を取り出すと、折り始めた。紙が折れる音が静かに響く。彼女の指先は迷わず動き、目は常に紙に注がれていた。
声をかけようかと思ったが、私は黙って見守ることにした。折り終えた紙飛行機を彼女は夜空に放った。小さく弧を描いた飛行機は、暗闇の向こうに吸い込まれていく。
「きれいな飛行機ですね」とつい声が出た。女性は微かに笑い、説明する。「嫌なことを書いて飛ばすんです。すると、少し軽くなる気がして」
彼女はもう一枚の紙を折る。私は隣で見守り、指先と紙の擦れる音、飛行機の軌跡を追った。短い行為が、確かに心を動かすことを知る。
電車が近づき、私は立ち上がり手を振った。女性はベンチに座ったまま、微笑みを返す。言葉は交わさず、ただ互いの存在を確かめる。電車が扉を閉め、ゆっくりとホームを離れる。振り返ると、女性はまだ静かに座っていた。
あの小さな紙飛行機たちが、彼女の心を少し軽くしたのだろうか。偶然の出会いは、日常の片隅に、ほんの少しだけ特別な時間を残していた。
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