【1000文字小説】微かな境界
正月休みで実家に帰省して三日目。私は高校時代の友人のミカと、駅前のファミレス「ガスト」で待ち合わせていた。よく行っていた個人経営の喫茶店が休みで、開いているのはチェーン店くらいのものだ。店内は家族連れや帰省中の若者たちで賑わい、少しだけ騒がしい。
「相変わらず、全然変わってないね、サキちゃん」
ミカは笑いながら、私の肩を軽く叩いた。彼女もまた、高校時代と変わらない、ショートカットに明るい笑顔だ。私たちは近況を報告し合った。東京での忙しいOL生活、職場の人間関係、相変わらずの独り身。ミカは地元で働きながら、彼氏とのんびり過ごしているらしい。ドリンクバーのメロンソーダを片手に話を続け、あっという間に時間は過ぎていった。
「そういえばさ」と、ミカが少しだけ声を潜めた。「最近、この街おかしいと思わない?」
「え、何が?」
ミカは窓の外を指差した。「なんかね、向こう側とこっち側で、空の色が微妙に違う気がするの。境界線があるというか」
私はミカの指差す方を見た。窓から見えるのは、いつも見慣れた故郷の街並み。駅前のロータリー、正月飾りのついた書店、そして遠くに見える高校。空は一面の灰色の雲で覆われている。どこにも違いなんてない。
「気のせいじゃない?」と私が言うと、ミカは少し不満そうな顔をした。「そうかなあ。私にははっきり見えるんだけど。ほら、あそこ。ちょうど郵便局の上あたり」
私はもう一度、目を凝らしてみた。郵便局の上。確かに、言われてみれば、ほんの微かに、空の色が違うような気がしないでもない。片方は少しだけ青みがかっていて、もう片方は鈍い灰色。まるで、世界の境目がそこにあるみたいだ。
「まあ、ミカは昔から感受性が豊かだったもんね」と、私は笑ってごまかした。
ミカと別れ、一人で街を歩く。私はふと思い出して、郵便局の上を見上げてみた。やはり、空の色は違うように見えた。けれど、どちらが「こっち側」で、どちらが「向こう側」なのかは分からない。
もしかしたら、東京で忙しく働いている「私」と、地元で穏やかに過ごしている「私」の間にも、目に見えない境界線があるのかもしれない。故郷に帰ってくるたびに、少しずつその境界が曖昧になっていくような気がする。
夜、実家の自分の部屋のベッドに横になる。窓の外の空は、もう真っ暗だ。今日見た空の境界線も、ミカの言葉も、夢のように思えてきた。けれど、私は少しだけ、世界の不思議さに心が躍っていた。