【1000文字小説】はじめの日
2018年1月4日、仕事始めの日。三が日の余韻がまだ体温に残る午前8時30分、私は少し早めに出社し、デスク周りを整えた。会社の空気は新鮮で、張り詰めた緊張と期待が混ざり合っている。「今年こそは落ち着いた一年に」と心の中で呟き、パソコンを立ち上げる。画面の隅に表示された日付は、淡々と今日を告げていた。
朝一番の朝礼が終わり、皆が業務に移ろうとした矢先、課長の山村が突然声を上げた。「皆、ちょっといいか」その声には、普段よりも強い冷えがあった。年末の小さなミスの話だ。私たちのチームではすでに対策も済み、共有も終えている。しかし山村は構わずに続けた。「年末のA案件だが、あれは本当にひどかった。信頼を失いかねない初歩的なミスだ」
互いに顔を見合わせる社員たちの中で、山村の視線だけが私を正確に捉えていた。「特に君、田辺。なぜもっと早く気づけなかった」私はサブ担当で、確認の最終責任は主担当の先輩にあった。しかもその先輩は今日、有給で不在だ。「あの、私の担当範囲では……」と言いかけた瞬間、山村は私の言葉を切り捨てた。
「言い訳はいい。プロとしての自覚が足りない。新年早々こんな話をさせないでくれ」
フロアには、重たい沈黙だけが落ちた。他の社員は目を伏せ、誰も間に入ろうとしない。私は、年末に抱いたささやかな達成感や、新年に掲げた小さな目標を思い返しながら、その全てが音もなくしぼんでいくのを感じていた。
一通り言い終えると、山村は何事もなかったように席へ戻った。残された私はしばらく立ち尽くし、ゆっくり椅子に腰を下ろした。PCのファンが静かに回る音が、妙に遠く聞こえる。画面には再起動後のウィンドウが次々と開き、淡々と今日の業務を並べていく。まるで私の気持ちとは無関係に、時間だけが前に進んでいるかのようだった。
今年がどんな一年になるのかは、まだわからない。ただ、胸に残ったざらつくような違和感だけが、今日の始まりの色を決めてしまったように思えた。深く息を吸い、背筋を伸ばす。指先はまだ少し震えていたが、それでも私はキーボードへ手を伸ばし、静かに仕事を始めた。