【1000文字小説】小さな青の光
セイランは都市の地下深く、無数のパイプと配線が迷路のように絡み合うメンテナンスエリアで働いていた。仕事は都市機能を支えるメインフレームの保守点検。高さ数十メートルのラックに並ぶコアユニットは、LEDインジケーターが絶え間なく点滅し、無限に近い電線の束が壁面を走る。その間を歩くたび、冷たい金属と潤滑油の匂い、ファンの唸り、リレーのカチッという音がセイランを包んだ。地下都市の鼓動が、まるで巨大な生物の心臓のように聞こえる。
セイランは毎日、膨大なデータログを監視し、電流計のわずかな振れや温度センサーの数値を丁寧に追う。稼働中のモーターや圧縮機の軸を注油し、配管の継ぎ目を締め、劣化したケーブルを交換する。警告音が鳴れば瞬時にパネルを開き、工具を手に修理に取りかかる。効率と正確さが求められる日々だが、セイランはその緻密な作業の中に、微かな美しさを感じることがあった。配線を束ねたとき、機械の光が反射して生まれる整然とした輝きが、暗い地下にひっそりと息づいていた。
休憩時間、セイランはポケットから小さなノートを取り出す。ペンを走らせ、想像の「ソラ」を描く。都市は巨大なドームに覆われ、外の世界は汚染され尽くしていると教えられている。しかし、彼の描くソラはいつも鮮やかだった。青、藍、そして淡い光を孕んだ夕暮れの色が、ノートの中で静かに広がっていく。
「また絵か、セイラン。そんなもの描いて何になる」
同僚のタケルが眉をひそめて言う。
「気分転換だよ」
セイランは笑い、ノートを閉じて次のラックへ向かった。だが、心の奥では、いつか本物のソラをこの目で見るという願いが、誰にも気づかれない炎のように揺らめいていた。
巨大なメインフレームのコアユニットに手を添え、複雑に走る配線の束に指先を滑らせる。警告灯の赤、ファンの低い唸り、冷却液が循環する音……地下都市の機械の声が、セイランの胸の中で想像するソラの色と静かに重なり合っていく。人々はこの閉ざされた世界に満足し、効率と秩序だけを頼りに生きている。しかし、セイランは知っていた。希望とは、目に見えない場所にこそ宿るものだと。
今日もノートに線を引き、色を重ねる。配管と配線の迷路を歩きながら、地下の冷たい光の中でソラを描く手を止めない。遠い未来、ドームの外に広がる本物の青を、自分の目で確かめる日が必ず来ると信じながら。
薄暗い地下世界の中で、セイランの胸には、今日も小さな青の光がひっそりと輝いていた。