【1000文字小説】二人の選択
「これ、本物っぽい……」
見つけたのは里奈だった。オフィス街の喧噪から少し離れた、人気のない路地裏。残業を終え、麻美と帰路についていた里奈は、ゴミ袋の横に無造作に転がっていた黒い物体に目を留めた。それは一目で「それ」とわかる形をしていた。拳銃だ。
「まさか。おもちゃでしょ」丸顔で柔らかな雰囲気を持つ麻美が、笑い飛ばそうとするが若干声が震えている。
長い黒髪は艶やかで、意志の強そうな瞳が印象的の里奈は、それをゆっくりと拾い上げた。ひんやりとした金属の重み。ずしりとした感触は、おもちゃのプラスチックとは明らかに違う。トリガーガードの内側に指を入れると、冷たい鉄の感触がした。
「重い……本物っぽいわ、これ」
「いや、おもちゃでしょ。こんなとこに本物が落ちてるわけないわ」
「そうよね、おもちゃよね。……だから警察なんかに届けなくても、いいわよね」
「ま、おもちゃだったらね」
「おもちゃだろうけど、もし本物だったら…」
里奈は拳銃を握りしめ、目を伏せた。彼女の脳裏に浮かんだのは、いつもの光景だ。顧客からの理不尽な要求、上司からの心ない叱責。毎日毎日、胃が痛くなるようなストレスと屈辱。
「使いたい相手がいる」里奈は絞り出すような声で言った。
「え?」麻美の目が見開かれる。
「もし本物だったら、この、どうしようもない状況を変えるチャンスよ」
「でも、里奈ちゃん、これが本物だとしたら、使ったら、犯罪者になるよ。捕まる。前科がつく」
「分かってる」里奈は冷静な声で言った。「だから、証拠が残らないように、しっかり考えないと。麻美ちゃんだって使いたい相手、いるでしょう?」
「え?」
「お互い助け合って、使いましょう」里奈が微笑んだ。「これ、宝くじが当たったようなものよ」
「宝くじって、これは使えば犯罪者よ」
「でも、使いたい相手、いるでしょう」
里奈の言葉に、麻美の喉が詰まった。頭では「いけない」と警鐘が鳴り響いているのに、抗いきれない怒りと無力感が、理性の隙間から滲み出してきた。目を閉じると、昨日の上司の嘲笑が蘇る。
「まあ、確かに、いるけど」
里奈はその言葉に満足げな微笑みを浮かべた。
「このままじゃ、何も変わらない。ずっとこのまま。一発撃って、変えよう」
里奈は冷たい凶器をバッグに隠し持った。二人の女は、重い秘密を共有しながら、夜の闇へと消えていった。本物かどうかは、まだわからない。(文字数:978)