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マンガくんを買ってはいたが…

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家の方向が同じS君と学校からの帰り道、明日から冬休み位の時期だった。 雑貨屋の店頭にあるブックスタンドには、いつものように少年ジャンプや少年マガジン、少年サンデーなんかが並んでいる。そんな中に初めて見る雑誌があった。 雑誌の表紙には、 マンガくん と書かれていた。 マンガくん、それは小学館から新しく出ると広告のあったマンガ雑誌だった。毎月買っていた小学5年生に広告が出ていたので知っていた。知っていたが…。 これが、マンガくん? 思っていたのとは違っていたので私は戸惑った。 普通の少年誌とは違い中綴じの雑誌だったのだ。 中綴じの雑誌といえば大人の雑誌、子供の私にとってはそんな認識だった。 私が手に取ってもS君はあんまり興味がなさそうにしている。S君はあんまりマンガには興味がなかったのだ。 家に帰ってからこずかいを持って引き返し、早速購入。150円だった。マンガなんでも事典という付録がついてきた。 連載マンガは、 球道くん、水島新司 無頼・ザ・キッド、永井豪 エスパー魔美、藤子不二雄 タトル君、赤塚不二夫 ココロマン、ジョージ秋山 おとこ権兵衛、吉森みき男 ビーダマ社長、柳沢きみお まんが研究会、石森章太郎 などなど誰もが知っていたマンガ家ばかり。 これらの連載マンガとは別に、毎号大物漫画家の読み切りが1本載った。 創刊号は、 てっぺんガキ大将、本宮ひろ志 だった。 水島新司の球道くん、藤子不二雄のエスパー魔美。 どちらもキャラクターはよく知られていると思うが、マンガくんはほとんどの人が知らない。クラスでもマンガくんを購入していたのは私以外知らない。 小学館の週刊マンガ雑誌は少年サンデーがすでにあった。マンガくんは週刊ではなく月2回刊だった。とはいえターゲットの年齢層は少年サンデーと重なる。それで差別化の為に、ビックコミックやビックコミックオリジナルの弟的なマンガ雑誌にしたかったのだろう。少年サンデーは明らかにビックコミックファミリーではない。 最初の頃はいつも巻頭カラーだった球道くんが看板マンガ。マンガくんと球道くん。くんつながりがイチオシになった理由だろうか。 ビックコミックの弟雑誌的という性格から、ビックコミックオリジナルのあぶさんみたいなポジションを狙ったのだ...

ウルトラマンの移動は赤い玉

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昭和40年代 シュワッチと言ってウルトラマンは飛んでいく。手を前に伸ばし人形みたいになって飛んでいくのだが、最初にベムラーを追って現れたときは赤い玉になって飛んでいた。 地球に来てからは赤い玉になって飛んでいなかったから、長距離を移動する時だけ赤い玉となって移動するのか。その方が疲れないのかも知れない。 インターネットで調べてみると、この赤い玉はどうやら宇宙船のようだ。 ウルトラマンはこの赤い玉でハヤタにぶつかり、事故死させてしまった。 赤い玉には衝突回避装置みたいなのは付いてなかったのだろうか。今の車にもついているくらいだから、光の国の技術力なら問題はないはずだ。買いかぶりか? 赤い玉も光の国製にしては、ビートルとぶつかったくらいで爆発炎上してしまうとは随分とヤワだ。光の国で作ったわけではなく、安価な輸入品だったのかもしれない。 ウルトラシリーズに出てくる宇宙人の宇宙船は色々登場したが、赤い玉とは随分とシンプルな宇宙船だ。 ウルトラマンタロウにウルトラの国が出てきた時、色んな乗り物が出てきたが、こんな赤い玉みたいにシンプルな乗り物はなかった。それぞれメーカーが違うのだろうか。 ウルトラマンの最終回にはゾフィーが登場するが、ゾフィーとウルトラマンがいたのもこの宇宙船の中だったのか。 ウルトラマンは第1話で宇宙船を失ったから、光の国に帰れなかったのだろうか。光の国がどこにあるのか知らないが、シュワッチと飛んで行くには遠すぎる所にあるのだろう。 光の国に帰れれば、ゾフィーから命をもらわなくても、自分でハヤタの為に命を取りに行けた。 だがよく考えれば、ウルトラマンはテレポーテーションが出来るのだから、光の国へ行って命を取ってこれたはずだ。 テレポーテーションは命を縮めるのだが、ウルトラマンは命のやり取りが出来るのだから問題はない。ウルトラ兄弟は時折死んでるが、すぐに蘇るし。

認知症で何度も同じことを聞いてくる母への対処法

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数年前から認知症の症状が現れた母。 いろんな症状があるが、その中の一つに、何度も同じことを聞いてくるというのがある。 「お父さんはどうしたの?」 「死んだんだよ」 「ああ、そう」 1分後。 「お父さんはどうしたの?」 なんだ、また同じことを聞いてきて。 「死んだんだよ」 「ああ、そう」 さらに1分後。 「お父さんはどうしたの?」 さっき答えたばかりなのに。またまた同じことを聞いてきて、イライラするな。 「死んだんだよ」 「ああ、そう」 以下、繰り返し。 こっちが何かしている最中だと、さらにイライラする。 1分後ならまだいいが、1分間の間に何度も聞いてくることもある。 「お父さんはどうしたの?」 「死んだんだよ」 「ああ、そう。お父さんはどうしたの?」 「死んだんだよ」 「ああ、そう。お父さんはどうしたの?」 「死んだんだよ」 「ああ、そう。お父さんは…」 何度も同じことを聞かれるから、イライラする。 こっちも何度も同じことを言わなきゃならないから面倒くさい。 そもそもなぜイライラするかというと、何度も同じことは聞かないものだというこっち側の前提があるからだ。 自分が何か作業していたりして、そちらを優先させたいときなどはさらにイライラする。 ではどうするか。 何度も同じことは聞かないものだではなく、何度も聞いてくるものだというふうに考えを変える。 認知症の人間は、何度も同じことを聞いてくるのだ。 1回質問がきたら、その後何度も同じことを聞いてくるものだと考える。 聞いてくるのが当たり前なのだ。 これまでは、 母「お父さんはどうしたの?」 なんだ、また同じことを聞いてきて。 「死んだんだよ」 それを変える。 これまでは前提が間違っていたのだ。 認知症の人は、何度でも同じことを聞いてくる。 母「お父さんはどうしたの?」 おお、聞いてきた。 前提を思い出そう。 認知症の人は、何度でも同じことを聞いてくる。 まずは1回目。この後何度も聞いてくる。こう心構えをする。 「死んだんだよ」 「ああ、そう」 1分後。 「お父さんはどうしたの?」 認知症の人は、何度でも同じことを聞いてくる。 ほら、聞いてきた。 「死んだんだよ」 この後また聞いてくるは...

ワールドスタンプブック「怪獣の世界」は未完成

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写真は『ワールドスタンプブック 怪獣の世界』 小さな袋に入ったスタンプ(小さなカード)を集め、台紙のスタンプブックに貼り付けて自分で図鑑を完成させるものだ。 子供の頃に集めたカードは、駄菓子屋で売っているかスナックのおまけについてくるものだった。 だがこのワールドスタンプブックはそんな場所には置いてない。さすが講談社で出していただけの事はあり、本屋で売っていたのだ。 レジの近くに置いてあり、一袋50円で購入する。袋の中には1番から324番までのスタンプのどれかが入っていて、200円の台紙に張り付けて完成を目指す。 1番のミクラスはなぜか表紙に貼る場所があった。怪獣や星人、ウルトラ兄弟だけではなく宇宙船のカードもあった。 ラゴンやガラモンは白黒だった番組のせいか写真ではなくカラーの絵になっている。 最初のうちはダブりもなく順調に台紙を埋めていくのだが、後半になればなるほどダブりが多くなった。 友達と取り替えようと袋やアルバムには書かれていたが、周りの友達で集めている子はほとんどいなかった。 小学校4年生だったが、カード自体はまだまだ人気があったように思うので、ただ単にこのスタンプブックの人気がなかったのだろうか。ワールドスタンプブックはシリーズ化していて結構続いていたので、我が町での人気がなかっただけか。 私の怪獣の世界のスタンプブックには195枚のスタンプが張り付けられている。ダブってアルバムに貼ってないスタンプは数えてみると112枚。29種類は2枚、3種類は3枚あった。 これだけダブっているのに出ないスタンプがある。確率的にはどうなのだろう。こんなものなのか? それともわざと全部均等に印刷してなかったのか。 324枚のうち204枚集めると、残りは講談社に注文できた。1枚7円。だが、集まったのは195枚。後9枚足りなかった。買おうとしても、売っている書店がなくなった気がする。そして注文を利用しないまま現在に至る。 袋もかなり残っている。よく捨てずに取っておいたものだ。ダブったスタンプをこの袋に入れれば、普通に商品になりそうだ。

見ていなかった円谷ヒーロー達

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ウルトラマン、ウルトラセブン、帰ってきたウルトラマン、ウルトラマンエースなど円谷ウルトラシリーズはずっと見ていたが、見ていなかった円谷ヒーロー番組も多数ある。 テレビが一家に1台、ビデオもない時代、見たくても見れなかった円谷番組。 ミラーマン 裏番組はシルバー仮面。我が家ではこのシルバー仮面を見ていた。シルバー仮面はミラーマンの始まる一週間前に始まり、我が家ではそのまま見続けた。 Wikipediaで調べると、シルバー仮面は2回目以降は視聴率に苦戦したと出ている。 我が家ではいいなと思って見続けたのだが、全国的にはつかみに失敗したのだ。 このミラーマン、放送前の雑誌の情報とは顔が違っていた。全然違ったので始まったミラーマンの前に違うミラーマンを放送していたのだと思っていた。この違ったミラーマンの方がカッコイイと思う。 リンク ジャンボーグA 見たかったのだが見ていなかった。裏番組を見ていたんだろう。再放送もやったんだろうが見ていない。 テレビは隣の県の電波が入ったので、映りの悪い放送を所々見た(映りが悪いのでずっと見ていられない)。 主役メカジャンボーグAが途中で交代、ジャンボーグ9が登場する。とはいえジャンボーグAが引退したわけではない。どちらも主人公が操縦しているので、2台同時には登場出来ないのだ。 リンク ファイヤーマン 見たかったのだが見ていなかった。歌は知っているからオープニングだけ見て、後は裏番組を見ていたんだろう。再放送をやったという記憶はない。 隣の県の電波が入ったが、再放送は見たことがない。 30話で終了したのは人気が出なかったからか。 ウィキペディアには、『制作当初の方針は「怪獣特撮番組の原点に還る」だった。』と出ている。 何故原点に還ろうと思ったのかは不明。 原点であれば、新しい番組で原点に還らなくてもウルトラマンの再放送で十分だったし、ウルトラマンを超える何かがなければ見続けないと思う。まあ、見てないんだが。 同時期のウルトラマンタロウは原点どころか子供向けというか幼児向けに特化して大人気。私的にはタロウはフザケた感じがしすぎてついていけなかったが大人気。このタロウの製作方針に反対していた一派が作ったのがファイヤーマンだったのだろうか。 この3...

パイオニアのヘッドホンステレオ、ターザン

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ソニー ウォークマン 私はソニーファンだったが、ウォークマンは買った事がない。 再生専用というのが物足りなかったのだ。 どうせ買うなら録音も出来るのが欲しい。 どうせ買うならごちゃごちゃと機能が色々付いている方がいい。 なので、ウォークマンプロフェッショナルWM-D6が出た時は欲しいなあと憧れた。 録音が出来る。 ドルビーBが付いている。 ドルビーCが付いているマイナーチェンジ版WM-D6Cも出た。 5連LEDのレベルメーターまであった。 だがしかし、値段が高かった。D6が60,000円。D6Cだと64,000円。 同級生がD6を学校に持ってきた事があった。私はそれをうらやましく眺めていた。 パイオニア ターザン ウォークマン同様のヘッドホンステレオはソニー以外からも発売された。 パイオニアから出たヘッドホンステレオがターザン。 型番はPK-R7AW。 これは機能が充実している。 録音が出来る(再生専用の下位機種もあった)。 オートリバース。 防水。 レベルメーターは欲しいがこれはまあ妥協点だ。 何といってもデザインが気に入った。 ゴツくてカッコイイ。 ゴツくて防水でアウトドアで使えるというのがターザンの名前の由来なのだろう。 私は発売から1年ぐらい後に、電気屋で展示してあった機種を安く売る店頭展示品を購入した。 主な仕様 大きさ:W86×H116×D33(mm) 重量:440g(電池含む) 周波数範囲:ノーマルテープ 40~12,000Hz(EIAJ)       メタルテープ 40~15,000Hz(EIAJ) 実用最大出力:20mW+20mW(32Ω負荷、EIAJ/DC) (取扱説明書より) 箱 箱。中身が見えるのだが経年劣化で曇っていて見にくい。 本体 正面から。ALL WEATHERの文字。防水が大きなセールスポイント。ヘッドホンステレオの防水は確かこのターザンが世界初だったか。 赤いボタンがデカい。赤い△▽が早送り、巻き戻しボタン。再生専用の下位機種は赤ではなく黄色だった。 左側面。中央がノーマルとメタルを切り替えるテープセレクター、ドルビーBのON/OFFスイッチ。右側がポーズボタン、テープのA面B面切り替えボタン。 ...

これまで使ったPHS端末の感想

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本日のニュースから。 Y!mobile、「PHS」の新規契約・機種変更・プラン変更を2018年3月31日をもって停止 PHS 15、6年前に私はPHSを使っていた。 PHSはPersonal Handy-phone Systemの略。 世間では途中からピッチ、ピッチと言い始めた。 それから10数年使ったが、格安SIMへ移行した。スマホを使ってみたくなったのだ。 PHSを今後使うことはないだろうが、これまで使った機種を紹介してみる。 KX-HF300 最初の機種はPanasonic、KX-HF300。メタリックシルバー。 アンテナがついている。今は皆内蔵されているが、以前は自分でアンテナを伸ばして使っていたのだ。アンテナの上の部分はもげてしまった。 テンキーは蓋を開けると出現する。普段は隠れているので、誤って押す心配もない。 裏面にはH"の文字が見える。H"は音声や画面をキレイにした機種の総称。 この時はDDIポケット。 H-SA3001V 次の機種は今は亡きサンヨー、H-SA3001V。 これもアンテナがついている。背面には1インチの画面がある。 メインの画面は1.8インチ。本体色はブルーを選んだが、内面はシルバーだった。 折りたたみケータイなので、使う時はパカッと開いて使う。 この時働いていた職場にはスタッフが7人いたが、その内3人がこの機種を使用していた。 DDIポケットのシェアが4割を超えた!それもこの1機種で。 その内の一人がドコモに転んだ時に、背面の電池パックをもらった。 私のバッテリーがヘタってきていたからだ。 その機種はシルバーだったので、私の端末はブルーとシルバーが混在することになった。 DDIポケットはウィルコムに社名変更した。 WX130S 最後はWX130S、セイコーインスツル製。愛称はX PLATE(テンプレート)。 画面はH-SA3001Vと同じ1.8インチ。 機能はカメラもなく、通話とメールのみ。 私は通話はほとんどせず、メールの送受信ばかりだったからこれで十分だった。 電池は10日くらいはもった。 色はブラックを選んだが、裏面はシルバー。 アンテナは内臓になったので、自分...

少年仮面ライダー隊員には簡単になれる

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昭和46年 欽ドン!で、「大人になってもまだ解散しないドジな少年探偵団」という作品があった。 子供の頃は笑っていたが、今となっては笑えない。私は未だ「少年仮面ライダー隊員」なのだから。 仮面ライダーが大ヒット。私も夢中になった。とはいえ段々同じパターンに飽きてきて、見たり見なかったりとなっていった。番組制作側もそんな気配を察したのか、劇中に少年仮面ライダー隊なるものが出現した。 私と同年齢ぐらいの子供たちが仮面ライダーに協力して、一緒にショッカーと戦う。明智小五郎に対する少年探偵団のようなものだったのか。おお、羨ましい…、何て事は全く思わなかった。 子供がショッカーと戦えるなら、仮面ライダーなんていらないだろう。 大人の仕事に子供が混ざると邪魔でしかない。 だが、自分が少年仮面ライダー隊員になれるとなると話は別だ。 講談社で発行しているテレビマガジン。その誌上で少年仮面ライダー隊員を募集していたのだ。 私は早速応募した。 特別な資格はなく、テレビマガジン編集部に返信用の切手を入れて送れば、誰にでも会員証が送られてきたと思う。 ショッカーと戦う割には、随分簡単に入れるものだ。 で、送られてきた会員証。 会員証には番号が振ってある。印刷ではなく1枚づつゴム印で押したのか。 私は85962番。 私の前に85961人少年仮面ライダー隊員がいる。 それとも盛ってるのか。 この番号が曲者で、私は引越しした時に住所を書き換えた。 元の住所を消した時に番号まで消してしまった。消そうと思ったわけではない。子供らしい不器用さで、消す範囲を間違えたのだ。 すると番号はあっけなく消えてしまった。 で、私は慌てて青いペンで元の字の消えた跡をなぞり、何とか復活させた。 以下、隊員証から。 『少年仮面ライダー隊員のちかい! ●隊員は各地の情報を本部に知らせて、仮面ライダーの対ショッカー作戦に協力すること。 ●隊員はちかいをまもり、世界の平和のためにつくすこと。 ●隊員は世界じゅうの友だちとなかよくし、たすけあうこと。 ●隊員はあぶないあそびをしないこと。交通事故には気をつけよう。 ●隊員は健康に気をつけて、よくあそび、よく勉強すること。』 仮面ライダーは平成になっても続いている。 少年仮面ライダー隊が解散し...

宇宙猿人ゴリからスペクトルマンへ

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昭和46年 昭和46年は第2次怪獣ブームの年だった。 何と言ってもウルトラマンが帰ってきた年。 ミラーマンやシルバー仮面も始まった。 平成の今も続く仮面ライダーが始まった。 仮面ライダーを中心に考えると変身ブーム。 仮面ライダーの「変身」が大流行したのだ。 今だったら流行語大賞を取れる。 その第2次怪獣ブームが起こるかどうかはまだわからない昭和46年の1月、スペクトルマンは始まった。いや、始まっていたから、その流れに乗る形で製作されたのか。 スペクトルマンが始まったと書いたが、番組のタイトルは「宇宙猿人ゴリ」 敵のボスの名前がタイトルになっている珍しいパターンだ。ピーターパンじゃなくてフックみないな。 放送第1回、物語の終盤で、スペクトルマンが現れた場面だけを覚えている。 敵の怪獣の上をクルクル旋回するスペクトルマン。 何かしそうで何もせず回っているだけのスペクトルマン。 怪獣の出した光線か何かを浴びてスペクトルマンの背中が燃え出す。 背中が燃えながらクルクル回っていたが結局墜落。 ええ? どうなるのって所で次回に続く。 翌週の2回目。 スペクトルマンは本体の蒲生丈二の姿になって気絶していた。 このシーンを見て幼い私はガッカリした。 何かしそうで結局何もしないで墜落してしまったヒーロー。 これじゃあやはりスペクトルマンをタイトルにするわけにはいかない。 それでも後半は「宇宙猿人ゴリ対スペクトルマン」、そして最後はついに「スペクトルマン」と出世魚みたいにタイトルが変わった。 途中見たり見なかったりが続いたスペクトルマン。 見たかったけれども裏番組も気になったのだろう。 見ていない回の翌日は、友達とのスペクトルマン談義についていけなかった。 話を聞くと見たい気になるのだが、見るとやはりガッカリしたのだろう。 日本ではまだスペクトルマンのレーザーディスクが発売されてない時期、外国版のスペクトルマンのレーザーディスクのジャケット写真を何かの雑誌で見た事があった。海外では大人気だったのだろうか。

レーザーディスクとVHD、どちらにするか

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写真は東宝のビデオディスクのカタログ。いつも行っていた電気屋に置かれていた。 ビデオディスクはもちろんDVDではなく、レーザーディスクとVHDだ。 昭和60年 東宝からビデオディスクが発売される。 カタログには、 『第1弾は6月21日、人気作品4タイトルを発売。(予約受付けは5月7日〜5月12日)』 と書かれている。 第1弾は「うる星やつら2ビューティフルドリーマー」「ゴジラ」「家族ゲーム」「細雪」の4作品だった。 予約受付は一週間にも満たない、わずか6日間。なんでこんなに短かったのか。 欄外には、 ※限定発売ですので予約期間中に申し込まれた場合でも、商品をお渡しできないこともあります。ご容赦下さい。 と書かれている。 限定販売ってのが悩ましい。 買いそびれて仕舞えば、もう二度と手に入らない。 これはもう買うしかない。買うのはいいが、さて問題は、互換性のないレーザーディスクとVHD、どちらにするかだ。 うーん、どうしよう。 ビデオディスク。昭和60年当時はDVDでもブルーレイでもない、レーザーディスクとVHD。 レーザーディスクはパイオニアの商標で、プレーヤーはパイオニアだけが発売していた。 CDが発売される前年の昭和56年に登場。 我が町の電気屋で商品発表会みたいなのがあって、私はそこで初めて見た。 それに対してVHDはビクターが開発し、13社が採用していた。 ディスクは互換性がないのでレーザーディスクはVHDプレーヤーでは見られないし、逆もまた然り。 ビデオはベータとVHSが覇権を争っていたが、ビデオディスクにおいても同様の事が起こったのだ。 LDだけのタイトルがあったり、VHDだけのタイトルがあったりしたが、東宝みたいに両方出す会社も多かった。アナハイム・エレクトロニクスもエヴーゴ、ティターンズ両方にモビルスーツを納入していたし、どちらかがポシャってもどちらかが生き残ればそれでいい、そんな感じだ。 さて、この東宝から出るビデオディスク、私が欲しかったのは「ゴジラ」 定価は1枚9,500円。 ビデオ(ベータとVHS)も出ていたがこちらは13,800円だった。 買ってコレクションするならディスクだろう。そう決めていた。 だが、色々コレクションしたくても、そうそう何枚も買える値段ではな...